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個人的な昔話。

はてな村では学歴話が話題になっているようだ。それを読んでいて、ちょっと昔を思い出した。とても個人的なことなので、興味がある人だけ続きを読んでくれたらいいと思う。

うちの親父は土建屋の社長だが、元は医者を目指していて、国立医学部にも通った。が、経済的な理由でその道をあきらめざるを得ず、20代の若さで今の会社を興して、それなりの成功をおさめた。でも、それは本意ではなかったらしく、それもあって僕に対する期待はかなり大きかった。「俺は息子に勉強せいとは言ったことがない」というのが口癖で、それは確か。でも、トイレにいつもサンデー毎日(東大・京大ランキングとかが掲載されている鬱な雑誌)とかが置いてあると否応なく期待を感じるわけだ。

一方僕はというと、長男でおっとりしているとよく言われ、一人で本を読むのが昔から好きだった。そのせいか、おかんと妹には「でぶでのろまなカメブタひでドジ」(本名:ヒデトシ)とよくからかわれていたが、別にデブでもノロマでもなくて、ちょっぴり骨太で太ももが太いがBMI値のデブラインに踏み込んだことは生涯に一度も無い。スポーツに関しても幼少のころはサッカーが大好きで、地元の少年サッカー団では一つ年上に交じってレギュラーで全国大会に出るほどだった。要は読書好きなサッカー小僧だった。

転機は小学校5年の秋だったかな。

おかんが珍しく「模試を受けろ」と言い出した。うちのおかんはナチュラル=ハイテンションで、逆らうととても面倒な人だ。結局、反抗するのもメンドクサく、またちょっと「模試」とやらに興味があったので受けてみたのだが…。結果は衝撃的だった。地元の小学校のテストでは100点か一問ミスぐらいしかしたことがなかったのに、理科・算数が10何点とかいうレベルで、かろうじて国語だけがホモ=サピエンスであることを証明できる程度。おかん「サッカーと勉強どっちやる?(ニヤリ」僕はちょっとだけ考えて、勉強をとることにした。親父もそっちを喜ぶだろう。サッカーの監督と世話役のオバちゃんに「辞めます」と謝りに行くのだけが少し鬱だった。「中学受験するのか?落ちたら戻ってこいよ」と言われたのも鬱だった。

そこからは、世間的にはかなり勉強したと思う。でも、実は勉強したという実感がない。

僕は創立間もない中高一貫の男子校に進んだ。世間ではうちの母校はがり勉学校で通っていた。でも、それは表向き。だいたい、僕は本を読むのは大好きだったけど、それほど勉強は好きじゃない。僕らはあの手この手で徹底的にサボったもんだった。

大量の宿題はマルクスもびっくりなほどに高度に分業化され、電車内でお互いに写しあって乗り越えた。毎日の英単語試験も、慣れればどうってことなかった。20個の単語を3分で暗記し、テスト終了後10秒で忘れることができた。定期試験はヤマを張り、ひたすら頭ではなく嗅覚を磨いた。放課後は野球のまねをしたり、パソコン研究会でゲームしたり、古本屋に入り浸たり。週末は映画を見て、サバイバルゲームに明け暮れた。

ある年、高校1年の秋。神戸大の模試を受けさせられた。うちの学校では腕試しに受けるのが恒例になっていて、この結果で行ける大学がおのずとわかるという。僕の結果はC判定。先生には「2年後には十分イケる」と言われたけど、全く実感がなかった。家で宿題すらしたことないのに。

結局、現役の時はセンター試験で失敗して浪人したけど(本番にすこぶる弱い!w)、希望の大学に進めた。厳格な親父は喜んで涙を流し、おかんは「○大生の母親だなんてステキ♪」とか言い出す始末。そこかよ、おばはん。

でも、自分はそのころには結構シラけていた。なんか流れてばっかりだなーと。

大学は、好きな本を読んで、好きなように議論を振りかざして、本当に息をするだけで楽しかった。けど結局、やりたいことなんて見つからなかった。周りの意思に流されて、自分はそれも楽しんでいた。けど、本当はどこかで決断すべきだった…と今では思う。「社会を動かすのはおれたちだ!」と東大生に混じって国家I種受けるべきだったか。院に残って学者を目指すべきだったか。一流企業に就職してバリバリ働くべきだったか。なんかどれも違うかなーと思ってしまった。ぬるぬる生きる気持ちよさも捨てきれなかった。

結局、僕は伝家の宝刀「学歴」をいまだ抜いたことがない。今は適当にどこぞの会社に潜り込んで気楽に生きているが、就職の際に役に立ったかというとそうでもないだろう。結局ぬるぬる生きるのが好きでその性格は直らないらしい。困ったことだ。

マルクスやらポパーやらウィルソンやら教えてもらって、みんなで読んだ。
バイトで皿を割っては酔った客に「○大生のくせに皿も洗えないのか」と言われた。
意味もなく「すごいね」って言われてどんな顔をしていいか悩んだ。
飲み屋で○大生というだけで「日本の将来をどうするんだ!」と団塊に絡まれた。
すっかり自慢しいになった親父をもてあまし、能天気なおかんに苦笑した。
そして、自分が何ひとつ決断できないヘタレであることを知った。

僕にとってはそれが学歴であって、別に利用するものでも何でもない。ただの過程であり結果。きっともし自分が中卒でも高卒でも大して変わらないんだろう、と思う。

学歴は何かをもたらしてくれるのかもしれないけど、結局それは中の人次第だ。頭のよさ以上に、気持であり行動力だ。僕はそれが欠けていた。高学歴就職浪人もきっとそんなところだろう。高学歴であれば向こうから運命が降ってくるなんてのはバブリーな昔話で、今は誰もが行動して掴みとらなきゃいけないんだと思う。

PS: いつか僕の伝家の宝刀も役に立ちますように。ヘタレを卒業できますように(=人=

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