- 2008-08-13 (水) 19:25
- Opinion
僕は結構のんびり派だけど、根が大阪人なので"いらち"な部分もある。"いらち"ってのは説明のしづらい言葉だけど、単に「気が短い」「せっかち」「イライラしやすい」という意味ではなくて、僕的には「スムーズに物事が進行することに快感を感じる性質」じゃないかと思う。車が通っていなければ赤信号でも渡るとか、エレベーターでも歩くとかってのは些細な例にすぎない。
たとえば、コンビニでモノを買うとき、僕はこんなこと考えている。
レジに品物を渡しながら、「大体1,000円かなー」と思い、1,000円札を出しておく。と同時に、財布の小銭を確認。10円玉なら結構ある。
レジ打ち作業終了。930円だった。
「30円あります」
と声をかけて、1,000円札をつっと少し前に押し出す。
このとき僕がコンビニ店員に期待しているのは、
「おれが30円出す間に、レジに1,030円お預かりって打ち込んで、釣りの100円玉用意しておけ」
ってことなんだけど、これが東京ではうまくいかないんだな!ぼーっと僕が30円出すのを待ってから、「1,030円ですね」とレジを打ち始める。おせーよ!つかえねぇヤツ。安い時給でそこまで気遣いできるか、ボケ!っていう意見もあるだろうし同情もするけど、世に言う「使えるやつ」「使えないやつ」の差はココにある、と思う。そして、その類の気遣いはいくら時給を出しても出来ない奴はできない。
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また、”いらち”な人間は 自分に対しても 物事がスムーズに運ぶことを常に求めている。
歩いているときは遠目から信号の変わり具合を計算し、なるべく止まらないように歩く速度を調節する。そして、どの順番で横断歩道を渡るか(or 信号を無視するか)を判断し、考えうる限り最高のスムーズさで目的地へ到達する。それができた時の快感というのはそれは気持ちのいいものだ。
なんというか結局、最小の労力で最大の効果を得るコトが気持ちいいのだ。エスカレーターを歩くと、ただ階段を歩くより短時間かつ省労力で上にたどりつけるし、車がいないのに赤信号を待つなんて時間の浪費でしかない。非常に不愉快だ。
つまり、"いらち"な人間が喜ぶのは「使えるやつ」に出会った時、自分が「使えるやつ」だと再認識できたときの
「こやつ、やりおるわ(ニヤリ」「自分、今、イケてた!」
と思えるその快感なのだ。だから逆に、そういった快感を邪魔する人間には最大級の怒りと罵倒でもって報いる。(ちょうど、ち○こを出し入れしているときに、大事な電話がかかってきて中断させられたときのような、そんなものだ。)
「気が短い」「せっかち」「イライラしやすい」のは、「スムーズさを求める気持ち」の裏返しであるにすぎないのではないだろうか。
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PS: でも、他人に押し付けるのは良くないよね。「おせーよ!つかえねぇヤツ」を口にだしたらイケないよ!
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PS その2: 大阪人のこの性質は、商売の都であったことと深く関係していると思う。時間や効率などコストにかかわることに敏感なところ、つーと言ってかーと答えない「ハナシのわからないやつ(取引費用の高いやつ)」が嫌われるところなんか大いに関係があるのではなかろうか。
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