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進化論の落とし穴

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ポッサムの話 | 雁屋哲の美味しんぼ日記

こう言う事実を見ると、私はダーウィンの進化論を激しく疑わざるを得ないのである。 「自然淘汰」と「適者生存」は分かる。

しかし、生物の変化がどうして起こるかについての説明がない。

ダーウィンの学説を継ぐ人達は、変化は「突然変異」であり、突然変異によって獲得した形質が環境に適応していれば、その生物は生き延びて、その形質を子孫に遺伝する、と言う。

要するに、変化は、神のような超越的な存在が作った計画に基いた物ではなく、機会的に起こる物だというのだ。

そこには、生物当人の意志は考慮に入れられていない。

この視点は結構重要だと思う。これに対するはてブの反応はおおむね否定的だが、表層的なダーウィン進化論の理解にとどまっている気がする。

生物の変化は、生物自身の願い、欲求、それが反映した物、あるいは何かの意志が働いてのことであって、闇雲にむやみに変化する物では無かろう、と私は考えるのだ。

さすがにここまで行くと飛躍しすぎな気もするけど、自然淘汰だけでは説明しきれない謎があるのは確かなのだ。何点か挙げてみるので考えてみてほしい。

1. 進化の方向性はどのように決まるの?

たとえばヒトの指は一つの手足に普通5本、足は2本、心臓は2心房2心室と決まっている。しかし、なぜそうなのだろうか。指を6本や4本もった突然変異の人間がもっと生まれて、自然淘汰されたらいいじゃない?なぜ多くの動物は目が2つなの?後ろにも目が付いていた方が、淘汰されにくいんじゃないの?

なぜキリンは首を伸ばしたの?木を登るように進化したり、首より足を延ばしてみたり、ほかにも方法はあったんじゃないの?首が長いという結果を説明できても、そこに至るきっかけはダーウィン進化論では説明できない。

2. 「種」ってなに?

少しずつ、少しずつ変異を重ねて「種」に分かれてゆく…本当に本当?なぜ、「種」と「種」の間は断絶しているのだろうか。サルとヒトは大きく違う。でも、ヒトとサルの間に位置する「ヒトザル」が存在したとして、その種は淘汰されて絶滅してしまうほど生存する上でのハンディキャップを負ってるのだろうか。サルからヒトに「バージョンアップ」するきっかけがあったんじゃない?

こうした疑問を持つ人は、ダーウィン進化論とは違う、進化をドライブする駆動力がどこかにあったのでは?と感じている。いわゆる「ラマルクの進化論」の要不要による進化・退化という考え方の発展型、ネオ・ラマルキズムだ。これが骨董品的な古びた考え、荒唐無稽な考え方かというとそんなわけでもない。

進化論 – Wikipedia

しかし、現在はそもそも突然変異と言われたゲノム上の変異はランダムではなく、DNAの修復機構や複製機構に根ざした、方向性のある変異であるという理解がされつつある。例えば大野乾は複製における遺伝子重複が進化に果たす役割を説き、古澤満は岡崎フラグメントによるDNA複製において、一方の鎖は突然変異の確率が高いという不均衡進化論を唱えるなど知られている。また、個体数動態の変動に伴う創始者効果やビン首効果、個体群の周辺に進化が起きやすいと言った生物の社会集団における動的不平衡に着目したものや、カウフマンのように自己組織化による形質形成を重視した説もある。これらはダーウィニズムとは無関係に強調されるべき議論だろう。こういった議論の下敷きになっているのは、1968年に発表された木村資生の中立進化説である

個人的には、その「駆動力」とは生物界や自然環境との関係、相互影響関係にあるのではないかと思う。DNA云々は正直よくわかんないから、今度調べてみようと思う。

(グロテスクな話になるが、7本指のヒトが理想的な交配相手を得られるだろうか。社会的に抹殺される「形質」もありそうだ。また、共生・寄生・分業などの生態系における関係が進化にもたらす影響がないとも思えない。個体群の周辺(=非主流派・アウトロー)で変異が大きいというのも、安定度の均質性・均一性を強制する社会的淘汰圧が及びにくい影響があるかも。量的変化が質的変化を引き起こすということも…いつかまとめたい。)

僕のこの意見には、今西錦司先生の直観から大いにヒントを得ている。生物学は門外漢だし、完全に理解したとも思えないが、大いにインスピレーションを得たのは事実。

今西錦司先生は京大の誇る生物学の天才だが、直感で真理へ到達する対応で、自分の考えを適切に表現する能力にはいささか不足していたように思う(『サル学の現在』のインタビィーでは、自分の意見が世間に受け入れられないこと、表現不可能であることへの苛立ちすら感じる)。その今西先生の眼には、「すみ分け」理論にも見られるように、純粋な生物学的な見地に加えて、組織論的な見方への感性があった。実は非常にイイ線を行っているのではないかと思う。少なくとも、葬り去って終わりではないよ。

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昔はこういう系の本を読んだ気がする。他にも読んだけど、中身も忘れた…。久しぶりに進化論に興味がわいたので、少し読み返したり、本屋で新しいネタを探してみようかな?

PS: 団塊だからって否定しちゃ駄目だぜ?すべてを説明しきる理論なんかまだひとつもこの世には存在しないんだ。教科書的なコトを鵜呑みにするのは危険だと思う。ダーウィン理論で進化を説明しきれると思うのは、アダム・スミスで経済学が完成されたと思うようなものだ。

  • こちらこそ、ご丁寧に返事ありがとうございますデス

    結局、生存しているその姿が最適だったということでしょうかね。
    進化の過程でたまたまロックインされたものもありそうですけど、いちいちそれに理由づけはできない。

    ---
    個人的にはキリンの首が長かろうと興味はなく、ラマルク的な見方を支持するつもりもあんまりなかったりします。

    ただ、経済学においてはミクロで活動するプレイヤーは自由に行動するけど、マクロでみると法や慣習・マインドによってそれが縛られ、ある程度均質・均一化される傾向があります。それが破られると「バブル」や「不景気」などの不安定な秩序に陥るわけです。

    それをメタファーとして進化の問題を見ると、「ある種の異常な進化」と「大量絶滅」のサイクル、今西進化論の「種は、変わるべき時が来れば、一斉に変わる」という見方、がより鮮明に見えてきた気がするのです。

    たわごとに付き合っていただきありがとうございましたw
  • (・∀・) コンニチハ
    > daruyanagi@Webmaster様

    早速のお返事ありがとうございます。
    DNAにしても、『ジャンクはジャンクではない』とか、『エピジェネティックス(メチル化)』など、どんどん新事実・研究の深化が進んでいますから、誰もが『よくわからない』のではないかと思います。

    ただ、人間の指が五本なのは、『リソースの配分』等も『理由付け(笑)の一つ』になりますよね。
    指の一本一本は脳の専用部位と直結していますから、指が増えると言う事はそれだけ制御が複雑になり、精緻なネットワークとそれを可能にする資源が必要になりますし、かといって指の数が少なければ、力が入らない/バランスが取れない/精密な動きが出来ない等の問題が…と。
    リソース以外にも、祖先の魚の鰭の骨がたまたま五本が安定していたとか、色々あるのかも知れませんが。因みに、6〜7本の多指症や3〜4本の欠指症は珍しくありません。

    眼に関しても、二つ以上の眼は基本的に情報過多をもたらしますしね。…八つの眼を持つ蜘蛛なんかはぼんやりと光を感じるだけの様ですし…(´・ω・)カワイソス
    立体視のためには二つで十分で、捕食者から逃げる事と障害物にぶつからずに歩く(飛ぶ)事を両立するためには、兎や鳩の様に横付きが有利だったのでしょうし、獲物の位置や距離を正確に捉えるには、虎や鷹の様に前付きが良いのかも知れません。いずれにしろ多数の眼では迅速かつ精緻な情報処理は難しいでしょう。
    また、たまたま首が伸びた奴らをキリンと名付け、木登りが得意になったのをリスとかコアラとか猿と名付けたのかも知れません。
  • Anonymous
    申し訳ないけどDNA云々がわからなかったレベルの方が
    口を出せることではありません。

    表層でしか理解していないのはあなたです。
  • コメントありがとうございます

    実は『自己組織化と進化の論理』も読んだことあるんですけど、それでもこういう考えを持ってしまうのですよねー
    『偶然と必然』は読んだことがなかったのでチャレンジしたいと思います

    『超越的な力』による理由付けというのも理解できます。方向性の議論だけでなく、種の分断に関する議論にもそれが言えますよね。
    所詮、「種」なんて人間の分類・把握の必要から生まれた概念ですし。

    それでも、本当に「中立的な進化」のメカニズムですべてを説明するのは少し無理があると感じています。(専門外なんで「感じる」だけですがw)

    別にダーウィンを否定しているのではなく、それをも含んだ形での新しい進化論のブレイクスルーが今後あるんではないか、と期待しています。
  • (・∀・)コンニチハ
    初めまして。

    > なぜ進化の方向性が決まるのか?
    …壁のシミを幽霊の顔と見立てる様に、後から勝手に『方向性』という『理由』を付けているだけなのではないでしょうか。何事にも意味を付さないと落ち着かない人が多い様ですが、『たまたまこうなっているもの』に『超越的な力』による理由付けをするのは、後出しジャンケンに等しいと思います。。
    タンパク質或いはアミノ酸等の、生物を構成する基本ブロックの合目的的選択性と、環境(他の生物を含む)との相互作用とが複雑に相まって、現在の生物圏があると思われます。
    この手の話題を扱う際、必読書とも言えるのがJ・モノーの『偶然と必然』です。三十年前の本ですが、現在でも揺るぎない論理的整合性があります。当然、最新のエピジェネティックスは含まれていませんが…カウフマンの『自己組織化と進化の論理』等と合わせてお勧めします。
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