3か月やってみて、以前(感想をつぶやいてみた。 – www.be-styles.jp)よりだいぶ感想が変わったように感じる。
続きは自分語りが少し入るので興味のある人だけ。
僕は勉強するとき、本を読むとき、寝るときは、ちょっと騒がしい方が集中できる。だから、実は図書館みたいに静まり返ったところは苦手。
これは多分、兄弟が多かったせいかもしれない(4人)。家ではいつでもどこでもしゃべり声やはしゃぎ声が満ちていたし、うちのおかんも、どちらかというと騒がしいのを怒るよりむしろ、一緒になって騒ぐタイプだから、小学校の頃から読書タイムが静かであったためしがない。さぞイライラするだろう、と思われれるかもしれないが、別にそんなこともなく、自然と軽く聞き耳を立てながら好きな本を読むのが標準のスタイルになってしまっていて、逆に静かだと物足りないのだ。
つまり、ぼくにとっては、Twitter がそんな家庭の喧騒を代替してくれる存在なのだ。
ほとんどは自分に興味のないつぶやき。だけど面白いのが、つぶやきをチラ見しながら作業していても、おもしろいものはちゃんと目に止まること。ちょうど2階で読書中に、1階のリビングで、弟1号・2号の武勇伝や、妹の恋愛話で盛り上がってるのにちょっと聞き耳が立つ、そんな感じ。きっと、おもしろいものが目に留まるんじゃなくて、おもしろく感じるものしか目に留まらないのだろうけど。
Twitter を楽しめない、どうやって関わっていいか分からない、そんなひとは「Twitter はBGMみたいなもの」と割り切るといいと思う。自分に響くつぶやきがあったら、こだまを返せばよい。あとは聞き流そう。全部目を通す必要はない。
特に目立ちたいわけでもない人でも、自分が周りのつぶやきに埋もれて消え去ってしまわないようにするには、自分もひっきりなしに叫ばないといけない。「おれはここにいるーっ!」みたいな。のべつまくなしにつぶやいている人に会って、いろんな"つぶやき"を見てるうちに、それが"つぶやく"というより、それぞれが自分の存在をかけて"叫んでる"ようにみえたのさ。
今は、そんな必死さは全くない。
とても居心地がいい。
とはいえ、3桁4桁の人たちをフォローをする自信はないけど…
PS: Twitter の隠れたグッドな点は、「耳の早い」人にしてくれることも挙げられるかな。北の方で地震が起こった、南の方は台風だ、なんかアキバで事件が起こった…仕事に没頭していても、世の中のことを誰かしら耳打ちしてくれるのは結構便利だ。家に帰宅してから知る…といったウラシマタロー的なことがだいぶ減ったと思う。
でも、仕事中のTwitterはハマりすぎ注意だよ!

