読了。
けど、通勤時間に細切れで読んだのでは色々限界があるなぁー…。
キケロとマキャベリ、ヒューム、スミスについては素養があったのですんなり把握したけど、ポーコックなどは未読なのでよく分かんない。
とりあえず、共和主義のもつ概念の広さ、ギリシャ→ローマ→イタリア都市国家→…といった伝統、といった項目についてはあらかた把握できた。
共和主義とは一言では表現できず、なにか西洋思想の背骨のようなものらしい。それでも個人的な趣味も加味しながら強引にまとめるならば、以下のことが言えると思う。
1. 自由な個人
専制などによって支配されていないという意味での"自由な個人"を理想とする。自由の実現のためには、自由を保障するものとしての秩序が重要である。
→「自由」と「放縦」の区別
→「経済的自由主義」の肯定(ヒューム・スミス)
共和主義のいう自由が、FREEDOM(~しなくてよい自由)なのか、LIBERTY(~できる自由)なのかは文脈によってブレがあるように思う。けれど、どちらの自由にしろ、実現のためには"最低限の"取り決めが必要であり、共和主義はそれを重視する。そして必然的に集団の秩序維持を目的として"法の支配"が要請されるが、"自由な個人"を束縛する法は(理性的な方法で)打破される必要が生じることもある。
2. 善き秩序(規則・慣行)の維持
古典的な共和主義においては、共通の善を体現した「有徳な市民」という理想像が語られる。(アリストテレス・キケロ)
近代では、人々がそれらを自然に志向する・維持するための組織や政治体制に関する議論に中心が移る。
→体制の腐敗を防ぐ仕組み
→混合政体論・二院制・輪番制
決める主体と選択する主体の分離(ケーキを分ける二人の少女の喩え)
→"法による支配"の肯定
→経済自由主義に基づく制度設計と、内面的な「徳」による規則・慣行の維持
1と2は相反するようで、切り離しては考えられない。2つのバランスを維持するという思想の性格上、コレといった明確なメッセージがなく伝わりにくい。結局、経済学にいう"公共財"(慣習・秩序)をいかにスマートに維持するかというのがキモになるのかな…。
まぁ、急がずにゆっくり考える。
また読み直さないといけない気もするし。
困ったのは、また読まなければならない本が増えたことだ。
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