- 2009-03-03 (火) 8:38
- Review
昨日、読了。
経済学史的な観点、理論的観点、実際の社会運動としての観点などなど、BIが網羅的に取り上げられているので、ぜひ読んでおきたい。僕も、ベーシック・インカムがあったらいいなぁ、と思った。
個人的には、
BI=個人単位の社会保障
である点が秀逸だと思う。これまでは、会社・世帯単位での社会保障がベースで、それから離脱してしまうと一気に苦しくなる。
「単身の派遣労働者」などはその最たるものだ。彼らは「単身」であること「派遣」であることのリスクを過小評価していた。それは自己責任だと思う。しかし、一度堕ちてしまえばいくら頑張ってもそこから抜け出せないのは問題で、ほとんど"巧妙に仕組まれた奴隷制度"と言える。ましてや、そこから嫁を貰って、ただ食うだけの赤ん坊を育てるなんて無理だろう。BIはそんな人に、救済のきっかけを与えられるのではないか?それを利用して奴隷制度から抜け出られるかどうかはともかくとしておいて。
本書では、家事に対する賃金についても触れられていた。こちらの方が、歴史的には長く主張されてきたことだ。また、BIは子供にも支給されるので育児保障・教育補助にもなるし、最低限度の所得があれば転職もしやすくなる。ひいては労働環境が改善されるかもしれない(BIがあるなら、劣悪な環境にはそれ相応の報酬がないと労働者が集まらない!)。都会・地方の所得格差是正にもつながると思う。固定額支給ならば、相対的に物価の安い地方のほうが、実質的な支給額が多い(≒生活しやすい)からだ。
そのほか、BIは福祉制度を簡素化できることも利点に挙げたい。諸補助制度を一元化できる。年金制度もいらない。厚生労働省の仕事の多くがなくなる。いつの間にか税金が無駄遣いされることが、(福祉に関しては)なくなる。
ただ、素人目にも欠点が多い。
- 1国だけ導入した際の国際競争力への影響: BI導入は社会構造を一変させる。たとえば、人件費が増大するかもしれない。その際、国際競争力への影響が読み切れない。(輸出)企業は高い人件費を嫌って、国外へ逃げるかもしれない。そういった事態へ対応する策(たとえば法人税撤廃など)も同時に施さないと、BIは到底導入できない。
- "固定額支給"が経済に与える影響: 一律10万円もらえるようになったら、物価はどのように変化するだろうか。その視点が欠けてる。既存の価格水準が維持されるとは思われず、実際には常に給付水準を巡る論争が付いて回るだろう。昔、イタリアでは賃金の物価スライド制が敷かれていたが、その時はリラ(まだユーロじゃなかった)が大暴落していた。物価変動と給付水準の連動をどのように行うんだろうか。
- 労働倫理の崩壊: 僕は楽観的だけど、やはり国民の支持を得られるほど議論は成熟していないと思う。基本所得を得たら、人は働くなるのではないか?という疑念は、多くの人が拭えないはず。
最後に、筆者はBIの財源に対する議論について「恫喝にすぎない」と断言してるけど、僕はそうは思わない。
ベーシック・インカムの話をするとしばしば出てくるのは「財源はどうする?」という質問である。奇妙なのは、お金がかかる話すべてに財源をどうするかという質問がされるわけではないということである。…(中略:国会の会期延長、解散・総選挙、核武装、公的資金投入、年金記録の照合)…
こうしたなかで特定の話題にのみ財源問題が持ち出されるあり方を見ていると、財源の議論を持ち出す動機は往々にして、財源をどう調達するかについての議論をしたいのではなく、単に相手を黙らせたいだけであると思わざるを得ない。
(P.202あたり。適当に中略)
そうだろうか?
これから、持続可能な・予算的にも大規模な(給付額10万円/人月×1.2憶+諸経費≒年間150兆円)制度を敷こうとするなら、予算の話題は避けて通れない。とくに、持続可能性は絶対条件だ。BIを実行した際の影響は計り知れないし、一度行ってしまえば戻すことは不可能だろう。
"全ての人が生活に必要な所得を無条件に得る権利"。
いい言葉だけど、落ち着こうぜ、みたいな。
僕はあまり"権利"という言葉は好きじゃない。権利は"~であるべき"という理念ということなんだけど、往々にして現実"~である"に先行して、現実"~である"を否定する。でも、実際のところ、できないもんはできない。理念が理念を保証し合って、現実から乖離することを僕は恐れる。そこはぐっと抑えて、よく考えねば。
"~である"を改善するニーズとしてのBIには共感するけど、"~であるべき"と言われるとちょっと引いてしまう。まぁ、そんな感想を持ちました。実行可能性については、もっと議論を深めた方がいいかも。でも、その議論のたたき台として、この本はよくまとまっていていいと思いました。
"衣食足りて礼節を知る"。
その通りだなぁ。でも、衣食がないと礼節どころじゃないけど、衣食があったとしても礼節が備わるかは疑問。もっと、真の意味での"市民"が増えないと、善い制度は維持できない。けれど、市民を育てる呼び水的な制度も必要かも。むー…
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PS. 本書中に現れる「ケア」はたぶん、アマルティア・センかなーと思ってたら、それ系の本も書いていらっしゃったっぽい。結局、こういう系の話をすると現代ではセンに行き着くので、今度また読み返してみないと…と思った。
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