- 2009-03-04 (水) 23:50
- Review
読了。
途中までは「入門」すぎてクソつまらなかった。各章に設けられた「問」と「答」も微妙。マンデヴィル・ドーキンス的な話に終始するので、一度読んだことのある人には逆に辛いかも。
けれど、3章あたりからはフツーに面白くなった。5章は現代思想の論点が、ずばりと限りなく平易に書かれている。リベラリズムだの功利主義だのリバタリアリズムだのいっても、結局はそーいうことなんだ、と思える。
全体的には平易すぎるので、巻末の参考文献リストがいちばんタメになった気もする。結局、「進化倫理学」ってなんなのかあんまりわかんなかった。"利己的な遺伝子"ベースで倫理学を考えてみましたってのが「進化倫理学」なのなら、ちょっと残念。"ホモ・エコノミクス"モデルをベースにした経済思想と似てしまうのも仕方ないのかもしれない。
個人的にはこういうのを想像していた。
この絶望的な時代に、科学が一筋の希望の光を届けてくれた――自分本位にふるまう者が得をする世界でも、助け合いは生まれ、そして広まるというのだ。
大学のゼミではこういうことをやっていて、メタ規範ゲーム理論などを勉強していた。
群集行動をモデリングする他の研究者たちと同じく、Helbing氏が追求しているのはある根源的な難問だ。その難問とは、互いに協調的な行動を取ることが最も大きな利得をもたらす可能性があるが、しかし一方で、利己的な行動が最も安全かつ最も常識的な選択肢であるような場合、いかにして協調行動を発現させられるかという議論で、これを表わしたものとして知られるのが、「囚人のジレンマ」というゲーム理論のモデルだ。
身近なことの多くは「囚人のジレンマ」モデルか、ジレンマが生じない事態かの2つに分けられてしまう。後者はまぁ、どうでもいい。前者が問題だ。
たとえば、「交換」は「囚人のジレンマ」モデルにあてはめられるかもしれない。
AさんとBさんがいて、モノを交換する場合を考える。
交換とは「互いに与え合う」行為なのだけど、人間には「対価を与えずに一方的にものを得る≒奪う」という選択肢もあるはずだ。ここで、ジレンマが生じる可能性がある。
| Aが与える | Aが奪う | |
| Bが与える | (3,3) | (5、0) |
| Bが奪う | (0,5) | (1,1) |
利得テーブルの数値は恣意的だけど、ちゃんとジレンマが起きるようにしたサンプルなので気にしちゃいけない。
ここで、A・Bともに与え合う(交換が成立すると)、ともに3の利得が得られる。しかし、片方が与える・片方が奪うを選択すると、与えた方の利得は0、奪った方の利得は4になる。両方が奪い合った場合は、1づつ利得を得るとする。なんでかというと、交換は「社会的には等価(4ポイント)と思われているけど、自分的にはあまり要らない(1ポイント)」モノが差し出されるので、奪った際は保持しているモノ(1)+得たモノ(4)=5ポイントを得、交換した際は得たモノ(4)ー保持しているモノ(1)=3ポイントを得る。何も起こらなかった場合は、もともと保持したモノの利得1ポイントしかない。
仮定の話はここまで。
ここで初対面かつ合理的な思考の持ち主A・Bが交換を行う。双方はどんな戦略(与える、奪う)をとるだろうか。答えは、「必ず双方奪う」である(いわゆるナッシュ均衡)。
なぜかと言えばそんなに難しくない。
Aの立場に立つと
- Bの戦略が「与える」ならば…与えると1ポイント、奪うと5ポイント獲得
- Bの戦略が「奪う」ならば…与えると0ポイント、奪うと1ポイント獲得
どっちにしろ、「奪う」ほうが高い利得を得られる。双方は合理的なので、そんなことは百も承知。だから、両方とも「奪う」を選択するはず。
ここで、何がジレンマなのかというと、「双方が奪い合う」のは"全体的には"最悪な結果であること。
- AとBが交換する…3+3=6ポイント
- 片方が奪い、片方が奪われる…5+0=5ポイント
- 双方が奪い合う(交渉不成立)…1+1=2ポイント
けれど、僕たちはこういうジレンマがある場合でも、平気で交換してしまう。Amzonにお金を払っても品物が届かない場合だってありうる(商品を送らずにお金をネコババできれば、それがAmazonにとっては最高の利得)。それでも、平気でカード決済で一万円の本を買ってしまう。
それはなぜでしょうかっ!
それを考えるのが「くりかえし囚人のジレンマゲーム」であり、「メタ規範ゲーム」なのだけど、それについてはめんどくさいので書かない。興味のある人は、R・アクセルロッドの著作でも読んでみてください。簡単に言っちゃえば、「利己的な個人を仮定しても、繰り返し、継続的に交渉を持つならば、協業の可能性や規範が生まれる」という話。それらが自分の内面に溶け込んだ(内部化した)、"利益の無意識化"こそが良心だ…というのは、「進化倫理学入門」でも触れられているとおりだ。
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「つきあい方の科学」は高校の頃のバイブル。本棚に並べてたら、「女の子と付き合うためのノウハウ本」と間違えられて友達に散々バカにされましたが、そういう話ではありません!
2冊目は大学のゼミで原著で読んで、とっても刺激を受けました。ちょうど訳を出そうという話があって、今見たらちゃんと出来てたんですね…今度また読んでみよう。
個人、慣習、法律、組織。これらを考えるためのベースになる本たちです。逆に、マクロ経済学をサボる理由になったのもこれのおかげです(ぉ
—P.S.—
ついでに言うならば、目先の利益しか見えないのは「エコノミック・アニマル」にすぎない。利己的な交渉、それから生まれる空気、善い規範の維持、長期的な見通し、をも利得に換算できるのが「エコノミック・ヒューマン」であり、「ホモ・エコノミクス」だ。これは、古典派経済学者も「貨幣ヴェール論」など違う方法で指摘し続けてきたことなんだけど…
それどころか逆に、法律しか見えない、ルールを守ること・守らせること自体が快感、といった「リーガル・アニマル」みたいな人もいるわけで。自分たちが作り出したものに、自分たちが支配される構図を明らかにしたのはマルクスでしたが、カネ・規則・神様…いろんなものに縛られるのが人間のサガなのかもね。
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