- 2009-04-11 (土) 20:18
- Study
古代ギリシアの哲学者・アリストテレスは、人間のあらゆる売買活動を二種類に分類した。
オイコノミア(oikonomia)
家計を管理する、または国家を維持するための売買
クレマティスティケ(chrematistiké)
単純に利殖のためにだけ行う売買
言葉のとおり、economy/economics は前者を指し、経済・経済学という言葉の語源になっている。つまり、経済・経済学にとって、ある個人が儲けられるか、損をするかといった利殖活動を問題にはしていない。
交換を媒介とした人々のネットワークの仕組み(理論)を解明し、ひいてはその理想的あり方(規範)を模索することが、経済学の目的だ。個人の行動にターゲットしたミクロな理論においても、問題となるのは経済というシステムを前提とした抽象的個人にすぎない。
(ついでに言えば、長く蔑まれてきたクレマティスティケを、オイコノミアを円滑に機能させる要素として組み込み、アリストテレスによって二分された"経済"を統一したのがA・スミスだと思う。)
けっして、カネ儲けの手段を開発し、錬金術にいそしむことが目的ではない。そもそも、もっとも金を儲けた経済学者がもっとも偉大な経済学者なのだろうか。マルクスは変な本を書く能しかなくてずっと貧乏だったし、アーヴィング・フィッシャーは破産したけど。
別にそこまで行かなくとも、会社の一つや二つ作るのは、論文を書く程度の手間で出来るのに、なんでやらないんでしょうねえ。
会社の一つや二つ作るのは、論文を書く程度の手間で出来る !! 声を大にして言うよ。「できねーよ!!!」会社を作るというのは、ただ事業を行うだけじゃなくて、それに参加する人間の責任を負うことでもある。一度でも、雇ったり、クビきったりする立場になれば簡単にわかることだ。たかだか論文書く手間で作った銀行・生保を想像してみよう。
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IT一つ取っても、GoogleにAdobeにPixarという具合に、理論を実証して金持ちになるどころか世界を変えちゃった人々と、その人々が作ったものがごろごろしている。しかも現在進行形。
Google、Adobe、Pixarにどんな経済理論があったのか?
なにか崇高な理論を携えて、それを実証するために市場に参加したのか?
違う。それぞれに固有の錬金術があっただけだ(そして、たまたま時代にフィットして成長しただけだ)。個々の錬金術は素晴らしいし、僕はこれらの企業の成果の恩恵に与りまくっているけれど、かといって彼らが " 経 済 学 " に何か貢献したかと言えばそうは言えないと思う。
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良くも悪くも米国で経済学者が一目置かれているのは、実証に行く人が少なからずいるからでしょう。
これはそうかもしれない。
けれど、学者の本分は「もやもやした、もう少しで分かりそうだけどうまく説明できない、そんなことを明確にする思考の枠組みを与える」ことで、別に実証したからではない。「思考の枠組み」を提供して、より多くの人が"知性の階段"を一段駆け上がるのを助けたからだと思う。たとえば、南部教授の業績は僕にはチンプンカンプンだけど、後進の物理学者にとっての重要な知識の幹線高速道路になったんだろう。
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経済学は、「社会」科学だ。一般の人にも身近な事象を扱っているし、積極的に「社会」でのプレゼンスを拡大しようとする経済学者も多い。なので、"他のどの学問よりも「感じやすい」"のは確か。同時に「分かった」「知った」気分になりやすいところもある。
けれど、実はその背後に多くの積み重ねがあることも多い。
グラミー銀行の件にしても、それを思いついた背後には、"契約理論""組織の経済学"での成果やゲーム理論で導き出された定理があるように思う。ブラックとショールズにしても、膨大な既存の研究成果の元にあの方程式を作り、後進の多くの研究のもとになったから評価されているわけで、LTCMを潰したからではない。「海外には評価できる経済学者が多いが、国内にはいない」という意見にも肯首出来ない。ノーベル賞をもらってもおかしくない経済学者は、日本にもいる。
とはいえ、
「経済学者って何であんなに偉そうなんですか?」
に思い当たる節もないではない。現に、僕も某経済学者さんにおもいっきり"経済学の基礎ができてないなら無理して独自見解を捻出しないほうがいいと思う。このテーマはあなたが思う以上にプロ仕様だから。"ってお説教食らったこともあるし。でも、その経済学者の本をAmazonで見ると、
『国富論』を著した経済学の父アダム・スミスは、人は「利己心」を追求するために行動すると考えた。本書は、ディケンズが描いたイギリス社会やアメリカの大恐慌、環境破壊等を引き合いに出しながら、「利己心」にもとづく社会の過ちを跡づけ、スミスおよびその後継者たちが根本的な誤りをおかしていたことを明らかにする。そして、人は生来「利己心」のみならず「慈愛心」をも備えており、新しい原理にもとづく学問を構築することで、貪欲さよりも「慈愛心」に拠って立つ社会をつくりあげるべきだと説く、画期的な意欲作。
まぢかよ。『道徳感情論』はどこに行っちゃったんだよ…。
でも、Webじゃなくて、大学であった教授連はそんなことなかったよ。しょうもない質問を持っていっても、ニヤニヤ笑いながらだったり、ちょっと困った顔をしながらだったりしながらでも、ちゃんと答えてくれた(これでも読め!という時もあったけどwww)。酒呑んで「そこは違うんじゃないですかぁあああ!?」といえば、「その通り!だから、お前が何とかしろ!」って言われたこともある。
だから、ありきたりな結論だけど、
「偉そうな経済学者 "も" いる」
それだけ。
もう一つ思うところもあるけど…。TVやWebによく出てくる教授は、ちょっと目立ちたがり屋だけど、むずかしい理論を短い時間や狭い紙面で(説明するのは面倒||説明しきれない)というヒトがいないことはない。それが誤解の大きな原因になっていることが多い。
—P.S.—
アリストテレスのことを書いてるときはこんなこと書くつもりは全くなかったけど、今日の弾さんがいつもと違っておかしすぎると思ったので。
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