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パブロフの犬を笑えない。

経済は感情で動く―― はじめての行動経済学
マッテオ モッテルリーニ
紀伊國屋書店 ( 2008-04-17 )
ISBN: 9784314010474
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

遅ればせながら…だけど、読んでみた。わしが経済学部生のころ(2000年~)は、行動経済学ってここまでのプレゼンスはなかったと思う。学部でも一応やってたような気はするけど。

感想は…とても面白い。でも、○×効果、△△の法則といった個別事象の紹介の羅列なのがイマイチかな。どれもこれも、現れ方が違うだけで根っこの部分では結構共通していると思う。アンカー効果、フレーム効果あたりはもう耳慣れていたってのを差し引いても、まとまった書籍とはいいがたく、時に退屈。けれど、個別事象それ自体がおもしろいから、本として、全体としてはやっぱり面白いんだよね。

結局、行動経済学が示しているのは、「ヒトは情報処理、認知、判断を行う際に、知らず知らず脳に"ショートカット"を作ってしまう。それは一般に思われるより低レベルな層(表現層ではなく実装層・機能層)に作られるため、"ショートカット"に由来する罠を避けるのは至難だ」ということだと思う。そのショートカットの一例が、アンカーでありフレームであるわけだ。経験が培ってきた判断の基準、内面化された規範、その他もろもろは時に合理的な判断を妨げ、考えうる限りでの最大厚生の達成を妨げることが多い。けれど、それから逃れるのは難しい。

つまり、僕らの脳は毎回1から認知・判断するにはあまりにも怠惰なので、前もってAならばBする、CならばDであるという回路を作ってしまい、それにしたがっているだけなのだ。パブロフの犬を笑えない。

ほかにも、直接関係のないことだけど、この本を読んで思ったことがある。

本書には、いろんな「判断や認知のショートカットによる脳の罠」を実感させるために、随所に心理問題のようなものが配されているのだけど、僕の出す答えが本書の想定とはことごとく違う。

これは良くも悪くも、僕の考えが合理的なせいだと思う。

別に自慢しているわけではない。というのも、ある文献によると、経済学部生は他の学部生よりも、合理的にものを考える傾向があるらしい。それもそのはずで、経済学では得られた数字から規範的な意味を取り除く訓練も多く行うし、そもそも日ごろの思考訓練のおかげで判断のアンカー自体が合理的な方向へ向いているからだ。

A. 30%も死ぬ。
B. 70%は生き残る。

普通のヒトは、AかBどちらかを選べというと、Bを選ぶという。どっちも一緒なのにね。こういうのは広告・詐欺でもよく使われるのだけど、そんな罠に落ちるのを防ぐにはコツがある。数字から良い悪いの意味を剥ぎ取ってしまうのだ。とりあえず割合にして比較、絶対値をそのまま読まない、とか(自殺者は毎年3万人→死亡原因の何%)。とりあえず対偶をとってみるとか(マサオは死ぬ?→マサオでないならば死なない?)。

それとは別の原因として、直接的・間接的にすでに行動経済学の成果を知っているというのもあるだろう。ものごとというもの、名前がつくころにはみんなそれを知っている。ただ、名前がなくて表現できないだけだ。もちろん表現者は称えられるが、表現される前にすでに多くのヒトに示唆されているわけで、その世界にいればすでに輪郭を感じている。本を読むのは、その輪郭を強固にする作業に過ぎない。

この2つのことは、個人的には興味深く思われる。

日ごろから経済学的な思考訓練を行うヒトや、行動経済学の見地を知ったヒトは、ホモ・エコノミクスに近づけるのではないか?この際、酷薄で人間味がなさそうという偏見はおいておこう(*1)。みんなが、よりホモ・サピエンスであれば、より豊かになれる選択肢を取れるようになるのではないかな?肌の色や、顔貌、出自、そんなものに惑わされず、合理的に判断することは、より多くのヒトのより大きな幸せにつながらないかな?

だから、本書でいうところの「合理的経済人への批判」はあまり意味がないと思う。「合理的経済人」モデルだって、よりたくさんの仮定を取り除き、より現実に近づける努力はなされている。一方で、人間もポンコツな脳みその仕掛けたケチくさい罠を回避できる、すばらしい見地をまなびつつあるわけだ。双方は歩み寄り、いつかどこかで出会うのではないか?

この本を読んでて、なぜかA.スミスが思い出された。神の見えざる手に誘われて、理論と現実は予定された調和へと歩み寄るかもしれない。その世界はきっと、同感によって絆が結ばれた個人が、それをいたわりつつも自由の羽をいっぱいに広げる、そんな世界。

*1 本当に合理的な人間ならば、ヒトとの繋がりを「正当に」評価できるはず。古典はモデルの合理的経済人は「一次元的な判断」しかせず、判断がどう判断されるか、それを自分はどう判断するか、判断の判断の判断の…無限の連鎖「メタ判断」を行わない。それは真に「合理的」とはいわない。1回限りの利益のために、無限のつながりを捨てる"ナッシュ均衡なヒト"は、本当に合理的だろうか。

その意味で感情は、"意外に合理的"だ。

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