- 2009-08-29 (土) 8:37
- Study
最近、ふと思い出して R.カンティヨン のお勉強をしている。うんぺーさんがへこんでいた話と、次にやっつける相手が決まった話 で勉強するぞ!と宣言して以来、もう1年近くなる。万事がこの調子で、そのうち寿命が尽きてしまうんではないか…とも思ってしまう。
カンティヨン (1680~90-1734) は、アイルランド生まれの銀行家。パリで銀行業を営んで巨富を得、唯一の著作 “Essai sur la Nature du Commerce en Generale(1755、『商業試論』『商業の本質』、直訳すれば『一般的な商業の本質に関するエッセイ』?)”を書き上げた(刊行は死後21年)。
内容は、富の性質、流通のフロー、貨幣数量説、金融と国際貿易…てな感じで、銀行の基礎を示そうとしたのだともいう。"アダム・スミスの「国富論」以前の経済学書としては、最も体系的なもの"というのが一般的な評価であるらしい。…確かに、課税論以外は網羅されている。
第1編: 主に価値・価格論
第2編: 貨幣・利子論
第3編: 外国貿易・為替論
今見ると多少へんてこだけど、"均衡"のアイデアがしっかり示されている(ケネーと違い、"動いていない")。
そのほかは、貨幣商品説(重金主義からは脱していた!)、貨幣数量説、土地価値説…などが理論の骨子で、とくに先駆的な貨幣数量説と、フランス重農主義につながる土地価値説は重要。しかし、英語圏では忘れ去られ、やっと 1880 年代になってジェヴォンズ、のちにシュンペーターなどによって再評価・認識されるようになった。
土地は、富を引き出す源泉および材料であり、人間の労働は、これに形態を付与する
土地を資本に置き換えれば、その考えは古典派にそのまま接続できる。当時は産業革命以前で、絶対王政+農業・都市での小規模手工業という時代だった。
ちょっと思ったのは、
- 内在的価値: そのもの本来の価値。どれだけ土地が入り込んでいるか、要は生産費ベースの価値。
- 交換価値: 需要と供給で決まる価値。内在的価値に近づくが、常に突発的なアクシデントによって乱され続ける。
この二つの価値の相克。現在の経済学は価値一元論的なモノの見方だと思うけれど、実業家ならではのリアルな視点が描く価値二元論は、より実際に近いようにも思える。そして、これは 「社会 vs 経済」 というシナリオの基礎になっている。
(カンティヨン以前は土地・労働(・交換価値)という2~3元論だった。W・ペティが土地と労働という二価値を労働に一元化し、カンティヨンは土地へ一元化した。マルクスはペティを採用して労働価値説をとり、等価交換法則とすり合わせて偉大な『資本論』へと育て上げた……?)
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これはオチ。
最後に、かれの理論の帰結の一つは、かれが準-重商主義政策に近い、有利な貿易収支を支持する理論を生み出したと言うことだが、そこにはひねりがあった。カンティリョンは、国富を増やす手段として「土地に基づく製品」の輸入を奨励し、「土地に基づかない製品」の輸出を薦めたのだった。
「農作物買って工業機械売れや」的な考えかw
こんどゆっくりモデルを追って、考えてみようと思う。
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