- 2009-09-01 (火) 6:30
- 独り言
なぜ、政治家に理念を求めるか。
それは「将来のことなど予測できない」からだ。
仮に理念がなくて、状況状況で意見がぶれるヒトであれば、政策はそのヒトの恣意的なモノにならざるを得ない。けれど、理念があってスジが通っている人ならば、どんな状況でも出てくる政策はある程度予測できる。
相手の行動をある程度予測可能であることを、"信用"という。
この"信用"は社会における信頼・信用とは意味が異なり、経済学的な意味を持っているが、緩やかで大きなネットワークでつながっている場合は、この経済学的な信頼が重要になってくる。
経済ネットワークとは、ある意味で予想に予想を重ねた、脆弱な基礎の上に立つ構造物だ。ならば、その基礎として、コロコロとすぐ意見を変える政治家と、理念という方程式にしたがって機械的に政策を決定する政治家とどちらがいいだろうか。
僕は後者の方が優れていると思う。もちろん、突発的にな出来事に柔軟に対処できる能力も兼ね備えていればいうことはないんだけど…今回の自民党にはどちらもなかったな。
将来のことなど予測できない。どうしても、事前に掲げたマニフェストを守れないことだってあるだろう。そんなとき、国民の信用を裏切ったかどうか?は、どれだけ理念に基づいた行動を貫けたかで判断されるべきのように思う。
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しかし、これがなかなかありえないのは、当選しようが下野しようが理念を貫き通す…ということが困難であるせいだ。
けれど、ごく少数だけど、そういう政治家が登場しつつあるようだ(幸い下野せずに済んだようだw)。
あさお 慶一郎 公式サイト
山内康一 の「蟷螂(とうろう)の斧」
ちょっと覚えておこうかな、と思う。
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