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結論は3年後。

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中高6年間で一貫教育をする東京都の千代田区立九段中等教育学校で、中学段階を終えた1期生の生徒のうち、1割強に当たる18人が高校段階に進まず、他の学校に入学していたことがわかった。「学習態度に問題がある」などとして、別の高校への進学を勧めた生徒が多く含まれていたという。

asahi.com(朝日新聞社):中高一貫九段校で1割が高校段階進まず 転学勧められる – 社会

公立って、できもしない"平等"だの"公平"求められそうで大変だよねぇ。みんなが落ちこぼれることなく、卒業できればそれはそれで理想さ。でも、辞めたいときは辞められるのは大事ですよ。嫌な時は本当に嫌なんだし、それは内的な話で、外部の人間にはどうしようもない。無理に外から締め付けたら、壊れてしまう。


やる気のねーやつは来ちゃいけない学校

そもそも、前提としては「いい大学に入る志を持った生徒が集まる学校」なのだから、それを失った生徒は、自由に抜けていいんですよ。何も勉強だけが人生でもない。それを、先生や学校に原因を求めては、ちょっとかわいそうだ。

むかし、プラネテスをネタにしてこのような話をかいたことがある(自由、愛、惑う人々 )けど、ふつーの中学に進学すればいいところを、わざわざこんな学校に来る生徒は、みんな自分で自分の在り方を決めた「ヤマガタ」だと思う。だから、タンデムミラーエンジンと一緒に宇宙の塵芥になろうとも、それは自分の責任。

 

自分にやる気があるかどうか、それすら小6では分からん

けれど、小学6年生でそこまでの決断ができるのかどうか。僕も中高一貫校に行ったけど、動機は親が褒めてくれるし、塾仲間と同じ学校行きたかったし、どっちかっていうと知識欲旺盛で小学校の授業がクソつまんなかった…という後ろ向きな理由でしかない。みんな多分、そんなもんでしょう。だから、思った以上に過酷だった、このままいったらメルトダウンしてしまう!といった時は、ちゃんと撤退できるのって大事だと思う。

そして、その時は、本人のプライドをできるだけ大事にしてやってほしい。多分、落ちこぼれを作らないことより、こっちの方が難関高いと思うけれど…。

 

公立の中高一貫校の在り方

公立の中高一貫校をめぐっては、入学選抜の問題が難しく、難関化して「とても小学校の学習内容では対応できない」「公立の教育のあり方から外れている」といった批判が出ている。文部科学相の諮問機関・中央教育審議会も検証を始めている。

「公立の中高一貫校」はアリだと思う。けれど、税金使って安く提供する「私立の中高一貫校」でしかないなぁって感じ。商品のバリエーションは増えるけど…「公」でやるべきことですかな。

中高一貫校(スポーツ系ではなく進学系に限る)に求められるものは、公立であれ私立であれ、同じ。要は「高校受験すっ飛ばして、その代わりいい大学目指す」ってことだ。うちの高校もタテマエとしては受験があったけど、みんな Q. 「国権の最高機関」「国の唯一の立法機関」と言えば?
A. 生徒会。
って答えても受かるんだよ。でも、そんなクソガキでも東大京大行くんだ。そういうシステムが中高一貫校だ。

それはなぜかって言えば、生徒も先生も気構えが違うからですよ。

「私立の中高一貫校」の先生って半端なくしんどいん。河合塾やら代ゼミやらの講師の役もすれば、生徒指導で悩み、部活の指導もし…といった普通の先生の役もする。夏休みも正月(受験直前に休むかよ!)もないし、残業は多いけど、給料は公立・予備校と変わらないか、有象無象の無形のアドバンテージを換算したら逆に低いぐらい。

だから、生徒もそこそこ頑張る。『贈与論』じゃないけれど、先生の無償の頑張りが一種の負い目になるし、なんとなく、「いつか借りは返したいなぁ」という気になる。(僕も浪人したけど、最後にはまともなところにちゃんと受かった時はホッとした。)

「中高一貫」であれば、結果を出せるわけじゃない。そういった、「私立の中高一貫」であればこそ、結果を出せたわけだ。だから、「公立の中高一貫」もそれを取り入れるなり、別の方法でそれを克服するなりしなければならない。「私立の中高一貫」は世評が飯のタネ。結構必死ですよ。「公立の中高一貫」は勝てますかねぇ…。「中高一貫」であれば学力が上がる…と思っているのならばそれは大間違いだと思う。

まぁ、結論がぶれたけど、要は「私立の中高一貫」と同様、実際の「受験」で審判を下してあげればいいのですよ。3年後が楽しみですね。

個人的な印象を言わせてもらえば、「公立」はぬくぬくしていて、たいした先生なんていそうもない。ゴメンネw
痴漢ひとつとっても、片や懲戒解雇、片や訓戒ですもの。

  • junatLA
    同じ話題で長々と引っ張ってすみません _(._.)_

    昭和22年に行われた(第一次)教育改革で、高校(後期中等教育)を有料でかつ選択性にしたのは、経済的な理由からだったと思うのです(学費が払えないという事ではなくて、中卒で就職して家計を助ける家庭の為)

    それと、(旧)文部省や県教委の予算の都合で、(公立)高校の数が(現在に比べて)異常に少なかった事もあると思います。


    今、卒業後は働いて家計を助けなくてはいけない環境の中学生ってどれ位いるのでしょう?
    高校の数も昔に比べると、各都市倍以上に増えていると思います。

    しかし、平成18年の教育基本改正では、ほとんど目立った変更は無く、とても第二次教育改革とは呼べないようなマイナーチェンジしかなされていないように思います。
    しかも、前文に「たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献することを願う」とわざわざ入れていますが、現在の日本の教育が「世界の平和と福祉」に貢献する人材を育成する教育をしているようには見受けられないのが皮肉です。(だいいち、平和と福祉に関して学ぶ内容や教科ってちゃんとカリキュラムに入っているんでしょうか?)


    中学校と同じ無試験の全入制にしてしまうと、私立高校の存続が危ぶまれてくるのかとも思います。
    でも、中学と同じように小学区制で自動的に高校が決まるシステムにすれば、公立高校は今のように入試で優秀な子だけを取るという事が出来なくなりますから、大学入試レース(学力重視)は私立に対して大きなハンディを負う事になると思うのです。

    大学受験に強い私立、芸術系に特化している私立、体育系の強い私立、宗教系、シュタイナー系、モンテッソーリ系と、有料でも入学希望者が集まるような、公立に無い特徴を出した私立とで、公立と私立の共存って出来ないものですかねぇ・・・。
    既に、私立幼稚園や私立小・中学がそうですよね。

    確かに言うは易しですが、時限爆弾のタイマーを伸ばし伸ばしにセットし直し続けても、いつか爆発する時は来るわけですから、私立高は今から公立高校無料・全入制への対応をすべきだと思うんです。

    私なんかがぼやいてもどうなるものではないのですが、教育行政のしわ寄せは常に子供たちが背負わされるのかと思うと・・・・・つい長々とぼやいてしまいました。
  • いえいえ滅相もございません。プライベートでちょっと忙しくて、テンションが追い付かないのが残念なぐらいですw

    >中学校と同じ無試験の全入制にしてしまうと、私立高校の存続が危ぶまれてくるのかとも思います。

    「落ちこぼれの受け皿」のような私立は淘汰されるでしょうね。
    それ以前に、自由選択制と無試験入学は両立しえないので、前回のコメントは妄想全開といったところデス。

    「公立高校」は平等なサービスを担い、
    「私立高校」は個性的なサービスを行う
    という役割分担は望ましいと思います…がそれでは下手すると「公立」が貧乏人の掃き溜めになってしまう。また、市場機構に任せれば、地方の「私立」というのは全寮制などを除いて成り立ちにくく、サービスが地理的に偏ってしまう。

    んー…分かんなくなってきましたw

    ---
    □「東京で先生になって」不人気の都、異例の追加採用試験
    http://www.asahi.com/edu/news/...
    昨日 Twitter で、「地方の公立教員はとてもまじめで頼れる」という意見も聞きました。なんかまた考えさせられる話題ができたなーという感じで、これは別エントリーで機会があれば書こうかなと思います。

    まだまとまってないのですが、教師 → 生徒 というベクトルだけじゃなく、その逆も重視すべきじゃないかな、という事なんですけど。両方のベクトルの相互フィードバックが激しいほど、場としての学校がよいものになる。できれば、そこに経済的弱者や障害者など、いままで排除されてきた人も気軽に参加できるシステムがあれば…と。
  • junatLA
    > 僕は乗ってもかまわないけれど、おそらく同じ結果を出すのは難しいだろうという立場ですね。

    すみません、日本の高校入試と自由選択性を忘れていました。
    アメリカの高校は学区制の全入制(義務入学ただし在学中に義務教育期間は終了)で、基本的に小学校から中学校へ進学するのと同じなんです。

    一貫教育というのは、何も同じ校舎を使わなくても良いような気がするんです。
    A小学校の6年生全員120人とB小学校6年生全員150人が、C中学校1年生270人になるとすれば、それも一種の一貫教育の可能性が充分にあるような気がします。
    同様に、C中学270人とD中学300人、E中学130人全員が、F高校フレッシュマン(9年生)700人になるわけなんです。
    日本のように理由により越境通学枠5%などが認められていますし、大学付属系の私立へ行く子も居ますが、基本的には自由選択度は無く小学校から中学へ進学するのとほぼ同じなんです。

    ですから、日本で私立中学が求められる『存在価値』と同じものが、アメリカの私立高校に求められるような気がします。
    アメリカの高校は逆に日本の公立中学校が求められているものと似たようなもの(全ての生徒に対応出来うる体勢や内容)が求められているような気もします。

    日本の公立高校は、自由に選択し志願して試験・面接、内申書審査されて入学するわけですから、限りなく私立高校に似ているとも言えるわけですもんね。
    その意味では、受験レースまっしぐらの公立高校や、とりあえず行っておこうタイプの公立高校など様々な校風を打ち出した高校があっても良いような気もします。

    私が日本で通った公立高校は、やはり(教科によって)一年(少なくとも2年まで)に3年分の基本学習を済ませ、3年の教科はほとんどが選択制で、なおかつ生徒は授業に出ない事が多い(自宅や学校の図書館などで学習)公立進学校でした。
    教師陣は、「我々は君たちの手伝いをしているだけ、やりたい奴はとことんまでやるが良いし、やりたくなければやらなくても構わない」という、一種大学教授風の雰囲気(強制も後押しもしない、かといって投げやりでいい加減なわけではない)でした。
    私の時代の私の地元の私立高校は、公立の滑り止めタイプが多く、私立の(学力)ライバル校は函館ラサールだけ(私は札幌)でした。
    調べてみたら、Daruyanagiさんのご出身校と私の出身高校は偏差値で1点差(70&69)、年度によっては同偏差値(70)のようです。
    私の出身高校の校風は、私服長髪、下駄履きやらオートバイ通学(免許さえ持っていれば自動車通学さえ可、私は皮ツナギに大型オートバイで通学していました)、単位に余裕のある授業は出ずに近くの喫茶店や学校の図書館で他の教科を自習したり、昼休みに職員室前の正面玄関から出て喫茶店で食事をして午後の授業に戻ってくるなど、相当自由度の高い高校でした。
    (教師の都合で休講になる事も多い学校でしたが)
    テニス・バスケット・弓道はいつもインターハイ出場していましたが、野球部が数年前の夏の甲子園に出場したのには驚きました。

    ただ、今考えるとこういう非常に特異な校風は、公立ではなく私立であるべきのような気もするんです。
    その高校の目の前に住んでいて通えない子が沢山居ました。
    『公立』という視点で考えると、それ(地域の子が入学出来ない)高校って、県民(道民)に公平であるべき『公立』の姿と言えるのかな・・・って気がしています。
  • >一貫教育というのは、何も同じ校舎を使わなくても良いような気がするんです。

    あぁ、言われてみればまったくそのとおりですねw

    ---
    なんかお話を聞くにつれ、公立高校は受験を廃止したほうがいいんじゃないかという気がしてきました。…それはそれで極端で、いろいろ問題もありますけど。
  • junatLA
    うーん、中学校はどうでしょうねぇ・・・・
    確かに飛び級の子やGifted(英才)、Talented(芸術才能)クラスの子や、Magnet校(これ説明すると長くなるんで割愛します)へ行ってる子なんかは多少年齢が違うかも知れませんね。

    ただ、高校は大学のようにコースを決めて授業(単位)を自分で組み合わせますから、例えば日本で言う世界史のクラスを9年生で取る子11年生で取る子などが混在していますので、同じ授業を受けている生徒同士が同級生(?)が何年生か知らないケースが多いんです。
    オハイオ州のある高校を訪問した時に、午前中は高校で授業を受けて、午後からは地元の大学で授業を受けているという生徒が数人在籍していました。



    小学生の場合は、教育効果が上がるという事で、あえて5年生と3年生を合同で授業を行ったりします。

    アメリカでお母さんが子供を叱る時に「あんたは(体が)大きいんだから、小さい子を泣かせちゃ駄目でしょ!」と叱ります。
    日本は「あんたは(年齢が)上なんだから、(年が)下の子を泣かせちゃ駄目でしょ!」と叱りますよね。
    (年齢重視は)儒教思想が根底にあるのだと思うのですが・・・・・

    子供たちも大人も年齢意識はかなり薄いですね。
    学校って結構影響力が強いですから、16年間ずっと年齢でキッチリ区分する生活を続けて来ると社会に出てからもしばらくその意識は抜けないような気もするんです。
    会社に入って10年位して、同期が上司になったり、逆に年上の部下が出来たりしてやっと年齢意識が薄くなってくるような気がします。

    ところで、Daruyanagiさんの母校のような私立は必要だと思うんです。
    アメリカにもあります(種類は大きく違いますが、陸軍士官学校や海軍士官学校の中等部なんかも一種のエリート教育ですし・・・)

    ただ、『公立は』大学進学レースに乗って良いのか?と僕は感じて居ます。
    芸術に長けている子、体育が優れている子、妊娠している子(日本じゃ考えられないでしょうけど、アメリカでは子連れの高校生に対応出来るようになっています)、そして障がいを持つ子・・・・どんな児童・生徒にも対応するのが『公立』だと思うんですよ。

    それはどうしても広く浅くになってしまいますから、狭く深く(高く?)を望む人は、私立の選択(費用がかかる)という事になるのは仕方ないように思えるんです。

    テキサスのある街(港湾地区)で、30代で校長に就任した女性の知人が居たのですが、彼女の中学では、ホームレスの子が3人通学していたんですよ。
    港湾地区で、転校が多く、家庭環境の問題で学業に身が入らず、学力は教委内で最下位の中学でした。
    3年間で、学力テストの結果が教委内2位にまで上がりました。他の校長たちは奇跡だと言っています。
    彼女は、学校祭や運動会、放課後の活動(要は余暇)などにめちゃくちゃ力を入れたんですよ。
    ハロウィーンとかイースターとか御祭り事も学校を上げて、校長命令で教諭たちが仮装して授業したり、学校祭のテーマに合わせてカリキュラムを変更したり・・・。
    つまり、彼女は「学校を楽しいところ」にしたんですよ。
    家庭に問題がある子が大半でしたから、「家よりも学校のほうが楽しい!」となって、自然と教師たちと楽しみながら学業がどんどん伸びていったんです。
    生徒たちには「姉御(お姉さんとかお母さんではなくて、まさしくアネゴなんです)」と大人気で慕われています。
    実家は牧場で、子供の頃からオテンバだったそうです。
    ちなみに、離婚してシングルマザーでした。

    たいていの教委は、学業や素行に問題のある児童・生徒ばかり集めた学校もあります。
    でも、決して「落ちこぼれ学校」じゃないんですよ。
    特にこの手の高校は、校長をはじめとした教師たちみんながとっても熱意があるんです。
    日本の学園ドラマなんて生ぬるく感じてしまうほどです。
    女性との半数以上が『母親』で、男子生徒のほとんどが前科者・・・・
    その学校の教師たちが、(言葉は悪いですが)猛獣使いみたいに感じました。
    動物との信頼関係って、駆け引きや金銭や上下関係とかしきたりとか規則じゃなくて、まさに信頼関係で本音と本音のぶつかり合いですよね。
    この前科モノの高校生たち、10代の母親の女生徒達の皆が、教師に絶大な信頼を寄せているんですよ。

    すみません・・・・また長くなっちゃいました。
    訪問した学校の事を話すとつい・・・・
    まだまだ、お会いして大感動した校長が沢山居るんで話は尽きないんですが・・・・
  • >アメリカでお母さんが子供を叱る時に「あんたは(体が)大きいんだから、小さい子を泣かせちゃ駄目でしょ!」と叱ります。
    >日本は「あんたは(年齢が)上なんだから、(年が)下の子を泣かせちゃ駄目でしょ!」と叱りますよね。

    これは面白いですねw
    個人的には、日本は精神を、アメリカは肉体を重視しているのかな?と感じましたが、その思考フレームに儒教が関係している可能性は高そうです。

    >ただ、『公立は』大学進学レースに乗って良いのか?と僕は感じて居ます。

    僕は乗ってもかまわないけれど、おそらく同じ結果を出すのは難しいだろうという立場ですね。「公立」は公共サービスなので、どうしても結果より教育プロセスやそもそもの存在意義が問われると思います。私立ほどフリーハンドに何でもできるわけではないので、期待しすぎるのもかわいそうだと。

    >まだまだ、お会いして大感動した校長が沢山居るんで話は尽きないんですが・・・・

    うらやましい話です。
    僕は弟妹を見てると、ロクに講義もできない先生や、10歳前半の子に欲情しちゃうクソ教師ばかり目についてしまって。結局、高校からはカネを積んででも私立に入れてたように記憶していますw

    上辺と底辺には、使命感のあるいい先生が集まるんですかねぇ…あんがい中間派中だるみするのかもしれません。もしかしたら、悪い奴だけが目立つのかもしれませんが。
  • junatLA
    私は公立校だったのですが、公立XX大予備校と呼ばれたり、教育大付属高校と呼ばれるほど地元一期校入学者数がダントツに多く、教育大付属小・中学からの進学者が異常に多い高校でした。
    (教育大付属は小中一貫で終わりでした)
    私の高校では、教育大付属中学出身者が1/3近くを占め、地元国立一期校への進学者が半数近くを占めていました)

    さて、日本の事は皆さんご存知と思えるのでともかく・・・・・(私は北海道ですが)
    北米のシステムをご紹介させてください。
    北米では初等・中等教育(含む高校:後述)が『K-12』と呼ばれる事が多いです。
    幼(Kindergarten、幼稚園年長組)から12年生(高校最終学年)までが、公立の無償教育として認められています。
    日本のように、小学校2年生、中学3年生、高校1年生という呼び方は無く(高校は別ですが・・・後述)1年生から12年生までを通しで呼びます。
    つまり、8年生、9年生・・・という呼び方をします。
    高校だけは、(大学の模倣で)フレッシュマン・ジュニア・シニアなどという呼び方もしますが、公式には9年生、10年生という呼び方が正式です。

    日本と大きく違うのが、6・3・3制度は完全に崩壊(撤廃)しています。
    6・3・3は、元々全体(12)を半分に割って初等(小学校6年間)と中等(前期中等3年間、後期中等3年間)に、単なる数字として分けたシステムで、教育効果や年齢的な修学効果などを考慮して分けられたものではないと言われています。
    日本は(教育改革が行われた当時の経済的な理由から)、前期中等教育までを無償教育かつ義務教育で、後期中等教育(高校)は有償という、とても中途半端なシステムを半世紀以上とり続けて来ました。

    北米で6・3・3制度が見直されてから20年近く経ちますので、中等教育をジュニア・ハイ(中学)、シニア・ハイ(高校)と呼ぶ人は皆無になりました。
    しかも、教委によって(時には同一教委内で)5・3・4制だったり、4・2・2・4制を取っていたり、非常にマチマチなんです。
    (基本的に高校は4年制が多いです)
    高校は、非常に日本の大学に近いので(雰囲気的に短大か専門学校風)生徒たちの意識もちょっと一区切り感じていますが、小学校と中学(あるいは教委によってはその中間に盲ひとつ)の8年間は校舎が変わる程度で区切りは無いと感じている子(親)が多いと思います。

    州によって義務教育と無償教育の期間がマチマチですが、義務教育15歳・無償教育18歳という設定が多いように見受けられます。
    (無償教育18歳はほぼ全ての州と思われますが、義務教育年齢が14歳だったり16歳だったり・・・)
    高校を4年生にしている事と義務教育年齢が相まって、『高校への入学は義務』になります(ただし中退は可)
    公立高校は、中学と同じく学区制で自動的に振り分けられます。
    私立高は、宗教的な理由か超一流私立大学付属高などが多いのですが、私立小・中は経済的に余裕のある家庭が公立校を嫌って私立に通わせる事が多いです。
    ロスアンゼルス教育委員会所属の小学校の児童38%が教育経済援助:給食費免除:を受けています。そのうちの半数の子が小学校で無料の朝食を食べさせてもらっています。
    当然学力も低いので、経済的に余裕のある家庭では有料の(宗教系)私立小・中学校へ通わせている家庭が多いです。
  • 中学の頃、1週間ほどカリフォルニアでホームステイする機会があって、
    あっちの学校にも少しだけ行ったのですが…

    なんか年齢の違うヒトでも結構仲が良かったように思います。
    日本だと友達は同級生というのが定番だと思うのですが、
    あっちではそれに留まらない感じ。
    僕の場合は、黒人のでっかいにーちゃんのでっかいクルマに
    近所の小さい子までいろいろ便乗してワイワイと通学してましたねw
    授業もおそらく年齢では区切られてなかったような…やたらデカいヤツとかいたし…でも、それはあっちのヒトの方が体格が大きいからかも、と長年思っていましたw
    もしかしたら、本当に年齢で分けられていなかったのかもしれませんね。

    元エントリーは別に海外を視野に入れたモノではないのですが、
    こういう話を聞いているとなんか中高一貫だのなんだのという議論がバカバカしいようにも思います。
    できる子、やりたい子はガンガン飛び級でも何でもさせればいい。

    ウチの中学・高校では、高1の半ばぐらいで高校までの課程を修了し
    高1の冬には神戸大学の模試を受けさせられて
    「C判定(当日運が良ければ受かるレベル)とれ!」
    と言われていました。それがいいのかは分かりませんが、まぁ、それもアリかなと思うんですよ。
  • こう見ると、ほかが「ぬくぬく」というよりは、うちが「バリバリ」過ぎたのかもなぁーとか思ったり。
  • shiroica
    う~ん、それはどうなんでしょう。ちょっと末節に噛みついているのかもしれませんが。
    自分も中高一貫校でしたが、「公立の先生の方がぬくぬくしている」というような印象は受けませんでした。うちの中高に限っては、進学校というブランド力で勝手に集まった優秀な生徒が勝手に頑張っているのに負うところが大きいように感じていました。。
    確かに多くの先生は本当に素晴らしく、皆、聞けば熱意を持って応えてくれましたが、W杯のチケット取れたから、と受験前の生徒に言い残してまるまる二週間授業に穴を開けてドイツに旅行に行ってしまう地理の先生もいました。帰ってきてからも受験対策っぽい授業は一切せずにドイツのみやげ話だけしていました。まぁ自分は地理が好きで得意になれたのは、そういう雑談を大いにしてくれたことによるところが大きいので感謝しているのですが、センター試験にしか地理を使わない理系の人にとっては、ストレスでしかなかったようです。生徒指導についても、素行に問題のある生徒がいれば、中一の終わりに退学にしてしまう、モンスターペアレントには「文句があるなら辞めて頂いて結構」と言える、校内暴力なんてありえない、というような、ラクさが私立の中高一貫校にはあるわけで、生徒が問題を起こせば警察まで引き取りに行くことさえあるような公立とは、先生方の持っている余裕が違うのではないかと感じます。公立に大した先生がいそうにないかは分かりかねますが、そうだとしてもそれはひとりひとりの指導にあたったり、よりよい教授法を研究する余裕がないからで、「ぬくぬくしている」という風に、「先生や学校に原因を求めては、ちょっとかわいそうだ」と思います。
  • そうですねぇ
    もちろん、公立も「ぬくぬく」してばかりというわけでもないでしょうし。

    「ぬくぬく」は、まぁ、弟妹の担任などを見てそう思ったんですけどw
    たとえば、うちの学校は生徒はもちろん、先生も(自主的に)禁煙でした。県内では、そんなことをしている高校は当時皆無だったそうです。
    通学路で苦情が出ては、見回りなどもやっていたみたいですし。
    また、優秀な先生は引き抜きやらで移動もあったし、全体的に私立の方が向上心は上かなぁと思っていました。
    さすがにモンペはいなかったですが、公立の「中高一貫」なら、そっちも大して多くはないでしょう(おそらく

    あと、うちの場合は割と新しめの学校だった(僕で6期生…)ので、自分たちで「ブランド力」を培っていかなければならないという自覚が先生にあったんだと思いますね。shiroicaさんのところは、わりともうブランド力が確立している学校だったのではないかなぁーと推察します。
    最近は、(関西では)県ごとに受験日の統一なんかが図られたりして、そこそこの評判がないと受験すらしてもらえないので大変です。

    最後に、仮に「公立」でも、「中高一貫」ならガシガシ辞めさせればいいと思います。そこは"望んできた生徒"であるはずなので。だから、1割辞めようがあまり目くじらを立てる必要はないかなぁーって思います。

    要は、ある場面では「公立」というタテマエ、ある場面では「中高一貫」のやり方…といった都合のいいシステムは、なかなかムズかしいんじゃないかというのが、正直な感想です。
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