- 2009-09-13 (日) 10:38
- Study
当時のフランスは、コルベール体制ののち、所得に対して逆進的な諸々の悪税(所得が低いほど税が増大する!)と保護貿易・奢侈産業の保護主義により、国力はイギリスの後塵を拝していた。そこでボワギルベールは、フランスの経済構造を明らかにし、自由貿易・税制の改革・穀物価格の安定を訴える。
てきとうにざっくり言うと、世界は二つの連鎖からできている。片方は土地と労働により穀物を産しそれを消費する"自然の連鎖"、もうひとつは欲望によって駆動された消費の連鎖・職業と職業の相互依存ネットワークである"富裕の連鎖"だ。そして、その二つの連鎖を媒介するのが地主(国王などを含む)。税により自然の連鎖から富を取り上げ、富裕の連鎖に組み込む媒介者として機能する(…んー、カンティヨンとも結構つながっている!)。
富裕の連鎖は、消費が駆動するシステムだ。消費 → 生産 → 所得 → 有効需要 → 消費…と永遠に続く"欲望の体系"であり、こうした"相互的効用"こそが"世界の調和をもたらし国家を維持する"。
(※ただし、後世の論者ほどは欲望を全面肯定していない。欲望は人間の欲求を満たし欲望の連鎖を拡大させてゆくが、それは腐敗、暴力、逸楽、"精神の堕落の洗練"が深まる過程でもある。)
しかしながら、富裕の連鎖は"循環"に過ぎない。無からモノを得るには、自然的循環から土地の果実を得るしかない。なので、自然的循環と富裕の連鎖は、密接に・常につながっていなければならない。では、その仲介役である"地主"はどのようにふるまうべきだろうか。
つづく、かも。
(※結論を言えば、地主は仲介者としてはうんこ。堕落した存在にすぎず、「貨幣の自然的用途」を常に逸脱させる。その結果は、農民の生活苦であり、一方、自然的循環を最大限に利用することを妨げ、まわりまわって自らをも苦しめる)
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富裕の連鎖は"循環"に過ぎない――というのは、彼の貨幣観にも表れている。貨幣の唯一の機能は流通機能で、「貨幣それ自体は富ではないし、その量も一般に国の富裕とは関係がない。貨幣は生活必需品の価格を支えるのに十分なほどにあればよ」く、貨幣は本来「消費のしもべ」に過ぎない。「貨幣崇拝は諸悪の根源」であり、貨幣が退蔵されれば"富裕の連鎖"は断ち切れて、消費循環は収縮してしまう。
どこかで聞いた話だな。

ボワギルベール(Pierre le Pesant de Boisguilbert, 1646-1714) – だる×だる日記

