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世の中の80%がニートでも、実はあまり問題ない…かもしれない。

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金曜日の夜、会社のヒトと朝まで呑んだ。

そのとき、たまたまベーシック・インカムの話になった。やっぱり、この手の話になると「みんな働かなくなるのではないか」「共産主義的なんではないか」という疑問が生まれてくるみたい。

共産主義っぽいかどうかは…確かに見た目はそうかもしれないけれど、決してそうじゃない。新自由主義からも「負の所得税」という発想が生まれているように、「福祉は絶対なけりゃダメ」という前提と、「シンプルに運用できる」「汚職・ムダの余地が少ない」という目標があれば、必然的に導かれるモノだ。というわけで、単なるイメージの問題だと思う。概念の理解が進めば、賛同は増えるのではないかな。

みんな働かなくなるのではないか…という点については少し難しいかもしれない。
そもそも「働くこと」は自分の在り方の問題で、"みんな"はあまり関係がないと思うのだけど、制度の持続可能性という点ではとても重要だ。

けれど、個人的には楽観視している。


1. そもそも、働こうがニートしようが、全体の所得はあまり変わらない

所得がべき分布になっている場合、"上位20%の人が全体の所得の80%を稼ぎ出している"というパレートの法則が成り立つだろうと予想できる。つまり、働こうがニートしようが、実はほとんどの場合大勢に影響はない。

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では、問題は所得がべき分布に従っているかということになるのだけど…今のところはなっていない。が、それはおそらく"最低賃金"に関する社会的取り決め[1] に負うところが大きい。おそらく、それをはずせばべき分布に従うだろう。

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そもそも、たいていのヒトの労働には、実はたいした付加価値がない。それでも生きていけるのは、図でいうところの A が与えられているからで、それはいわば労働の自然価値に対して会社が多めに支払っている額だ。これは会社、特に付加価値の低い産業の会社にとっては大きな負担だ[2] し、心の正しい労働者にとってもおおいに負担となる。なぜならば、心の正しい労働者は給料に見合わない自分を常に反省し、過剰にもらった A の分を律儀に恩返ししようとするため、過剰に「ガンバる」からだ[3] …カローシ。

 

2. みんながニートになるならば、労働力の希少価値は向上する

また、みんなが働かなくなれば、労働力の希少価値は向上するだろう。たとえば、コンビニのバイトが一度に全員ニート化すれば、コンビニの店主はバイト料を奮発してでもバイト集めに奔走するようになる(または、店をたたむだろう)。

忘れてはいけないのは、最低賃金補償[4] が必要なかくなった分、賃金が絶対的に低下することだが、そのぶん希少性によって相対的に上昇する分もあるというわけだ。

BI導入後の賃金 = BI導入前の賃金 - (生命維持分) + (希少性上昇分)

このうち 「BI導入前の賃金 - (生命維持分)」が労働の真の「付加価値」なので、以下のように書くとすっきりするかもしれない。

BI導入後の賃金 = (労働の付加価値) + (希少性上昇分)

これにより、コンビニのバイト、介護ヘルパー、運送業、単純な工場労働(あれだ、山パンのバイトだ)といった分野では、一度「お前らの労働にはほんとはたかだか時給100円程度の価値しかなかったんだよ!残り分はお情けだったんだよ!」という事を見せつけられたのち、「やっぱりあなたが必要でした(*ノノ)」という過程を経ることで、それなりの価格になるハズだ。ニートをやる!と心を決めたヒトも、割のいい賃金であればギャルゲーを買うために「本気を出す」ことになる、ただし適度に。

 

3. …となるだろうけど、ならないかもしれない。

でも、そうは単純に行くかと言われれば、不安がないわけではない。

基本的に、工場は今まで以上に機械化されるだろう。
人間の価格が上がれば、今まで機械化していなかった工程に関しても、機械を導入するかもしれない。「人間雇用を創出するために機械化をためらっていた」部分では、そのタガが外れるわけだ…人間の希少価値はすんなり高まるのだろうか。

介護ヘルパーの賃金が上がれば、貯蓄の少ない老人を直撃するだろう。
国の財政にも悪影響を与えるかもしれない…人間の希少価値向上は(特に基本財における貨幣的ではない)物価高を招きはしないだろうか。

最悪、BIには年々上昇圧力がかかり、最後には"パンとサーカス"になってしまうのかもしれない。BIはコントロールできるのだろうか?…これは制度の持続性にも大いにかかわる問題だ。

正直なところ、結果は未知数だと言わざるを得ない。けれど、個人的には楽観視している。貨幣には還元できない活動、ボランティア的な助け合いの価値、金にはならないけど必要とされている(動詞としての)"企業"の価値[5] が、相対的に向上することは決して悪いことじゃない…と思うが、それは人間の本性に対して期待を抱きすぎかもしれない。どうだろう。

正しいと思って主張はしているが、実際には採用されない方が幸せかもしれないという恐れを拭いきれないんだな!

でも、一つ言えることは、BI導入してもみんなニートになったりはしない、ということ。働くことは自己実現。ニートになっても、やたらおたっキーな情報サイトを構築したり、ヒマすぎてすごいフリーソフトを作っちゃったり、そういったスーパーニートならそれでいいじゃない。マネタイズできない才能だって、BIがあれば生きていける。

  1. 労働基準法ではなく、"役に立たないヒトに対しても、一度雇ったならば"食える分だけは最低限度支払わなければならない"という暗黙の規範、それが反映された賃金のことを言っている…マルクス。 (*)
  2. "ボーモルの病"理論などが参考になるかもしれない (*)
  3. K君曰く「人間は社会によって、ムダに、ムリに働かされている」。解釈は間違っているかもしれないけど、そういうことじゃないのか? (*)
  4. 労働者がメシ食って寝て、服を着て、次の日も会社に来ることを支援する(+嫁さんと子供を養って、行き倒れないように老後にも備える)ための賃金支出。"労働力"の再生産に必要な部分。 (*)
  5. 世の中には、"生命維持分"すら稼げないがゆえに成り立たない産業もあるのです…が、その枷が外れれば、ロングテールな産業が数多く生まれるかもしれない (*)

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