Home > 気になるNews | 独り言 > 必要とされているのは本当に「新聞」なのか。

必要とされているのは本当に「新聞」なのか。

image

Times-Tribune紙の首都圏版編集長でインターネット記事の責任者、Jeff Sondermanがおもしろい発見をした。新聞社と巨大検索エンジンとの喧嘩がいつ果てるともなく続いていることを考えると皮肉でもある。

「新聞は…」―いやはや、Googleの検索候補は笑える

sshot-294

日本の場合。これで思い出したんだけど、こういう記事もあったよね。

読売新聞社が15日からの第62回新聞週間を前に実施した面接方式の全国世論調査で、情報や知識を得るために新聞は必要だと思う人は91%に達し、昨年の90%と同様の高い数値を記録した。

「新聞は必要」91%…読売世論調査 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

"「ニュースの背景や問題点を掘り下げて解説する」という点で、大きな役割を果たしていると思うメディアを複数回答で聞くと、「一般の新聞」を挙げた人は61%(同76%)で最も多かった。" とのことだけど、最近は専門家のブログも多くてそちらを参考にする機会が多くなった。答えてる人の多くは、そういうものがあることも知らず、人文を読んで満足してしまっているのだろう。

ただし、専門家は専門家。言ってることも一度読んだだけではわからないし、基礎知識に大きな隔たりはある。それを噛み砕いて伝える需要は当面なくならない。

その一方で、知識が飛躍的に拡大するこの時代、網羅的にそれらをとらえることの難しさ、ハードルはかなり上がってしまった。「最近の新聞の内容が薄い」と思うとき、記者のレベルが下がったというよりも、単にカバーすべき内容・深さが広がって手が届かなくなっているというほうが的確であるように思う。大学でマルクスをちら読みした程度で、世の中をわかった風に解説できる時代ではなくなった。だが、デジタル化・無料化の流れで、世の中を噛み砕いて伝えることに対する見返りは(相対的に)少なくなっている。

「新聞のやっていること(機能)」は重要で、これからも重要であり続けると思う。それは世論調査も裏付けている。ただ、それが「新聞」という体裁でやらなければいけないことなのか、ということに対しては、もう少し真摯に考えたほうがいいと思う。少なくとも、この世論調査ではその線引きはなく、真意をはかり知ることはできない。

個人的な考えを言えば、これから記者はパーソナリティがますます重要になるんじゃないかな。

記者は、新聞社の名前ではなく、自分の名前で記事を書くようになるだろう。そして、自分の記事を、新聞社へ売る。専門的な情報に橋を架ける能力、噛み砕いて伝える能力が重要視される。

新聞社と記者の結合は疎になっていく。新聞社は単なる記事のアグリゲーターになっていき、記事のマネタイズ会社へなっていく。まぁ、要は Yahoo! や Google が新聞会社にならざるを得ないだろうね。既存の新聞社は、情報の仲買人に落ち、最後には流通業界がそうであるように中抜きされてなくなる。

Home > 気になるNews | 独り言 > 必要とされているのは本当に「新聞」なのか。

My Friend Feed

http://friendfeed.com/daruyanagi

Google Analyticator

615
 Unique Visitors 
 (1 day) 
Powered By Google Analytics

Return to page top