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ルソー 『社会契約論/ジュネーヴ草稿』

社会契約論/ジュネーヴ草稿
ジャン=ジャック ルソー
光文社 ( 2008-09-09 )
ISBN: 9784334751678
おすすめ度:アマゾンおすすめ度

思ってたより時間かかったかな? 10日ぐらいか…電車での行きかえりしか読まないのに、iPhoneをいじってる時間が多くなったからなぁ。でも、全部読んだ。

本の内容は、共和主義を考えるにあたってとても有意義だった。マキァヴェリアン・モーメント を読む前に触れていれば、とても役に立ったろうにと思うけれど、それはそれ、これはこれ。重要なタームもいっぱい出てきたので、そろそろ Wiki にでもまとめたいかなと思う。

なかでも重要なタームを上げるとするならば、「一般意思」だろうか。社会契約論では「個別意志」「全体意思」「全体意思」という3つの語が出てくる。「個別意志」は分かりやすい。個人個人の意思だ。全体意思は"私的な個別意志"の総和と考えればよい。個人意志の総和は、全体意思の総和を上回る。その差分が「一般意思」であるとルソーは言っているが、これは少しわかりにくい。最大公約数的なものととらえがちだけれどもそれともまた違う。

人民が「十分な情報」を持って「議論を尽くし」、互いに前もって「根回ししていなければ」、わずかな意見の「違い」が多く集まって、そこに一般意思が生まれるのであり、その決議はつねに善いものだろう。(「」は筆者)

自立した個人が、判断の軸を他人にゆだねず自分の側に常にとどめておき、さまざまな意見の相違により自分の意思を彫琢したうえで、それを持ち寄る。そうやって得られる共通項としての(集合的な)意志は、きっと善いものに違いない。

一般意思を単なる意志集合の最大公約数ととらえると、手段を択ばない根回しや、大衆を無知と決め込んだ少数による一般意志の代行(これを密室政治とか呼ぶ)といったことが起こりうる。しかし、ルソーのそれは、決してそのようなものではなく、ポパーでいえばテストに開かれて反証可能性をより多く持ったより正しい意志のようなものだ。単なる結果として"一般"なのではなく、意見の差異によって磨かれるというプロセスを経たうえでの結果、自然とそうなるものとして"一般"(普遍)というのだろう。

それは多分、現実としては期待しにくいと思う。完全情報、個として自立すること、理性を持って議論を尽くして差異を理解し受け入れること、そのどれも難しい。

ただ、個人個人はそのように"ある"ための「自由」は持っているのであり、そうして初めて主権者として市民(シトワヤン)と名乗ることを許されるのではないだろうか。

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