- 2010-02-22 (月) 0:04
- ぽえむ
出演者の人が、先生とか作家とかタレントとか、趣味が仕事になってるような人ばっかりだったせいかもしれませんが、世の中には、みんなが嫌がるけど、社会のためには、誰かがやらなければいけない仕事ってのがいっぱいあるんですよね。
警察官とか消防署員みたいに、死ぬかもしれない仕事とか、介護や清掃局みたいな他人の排泄物を触らなきゃいけない仕事とか、救急医療のお医者さんみたいな、働きたくない時でも人の生死が自分の責任になる仕事とか、、、風俗産業とかとか、
“社会のためにイヤでも誰かがやらなければいけない仕事“とベーシック・インカムの間に緊張関係はあるだろうか。
ぱっと思いつくのは、ベーシック・インカムになれば"イヤな仕事"(固定的な需要)をやる人は少なくなる(供給が減少)するので、"イヤな仕事"の給料は上がるという「価格調整」が行われるということ。掃除夫は時給2,000円が当たり前になるかもしれないけど。
というわけで、次の論点。
# 嫌な仕事は給与があがるから、やる人はいるんだ!って話がありますが、
# 介護の仕事をする人が減って、月給50万とかだったら、
# 毎月7万で暮らしている老人は介護者を雇えないですよね?
確かに、「価格調整」された結果、価格が高くなりすぎることはありうる。しかし、逆に考えてみると、それは少しおかしい。本来"時給50万とか"のヒトを、今は"毎月7万で暮らしている老人"でもカンタンに利用できるほど、不当に[1] 安くこき使っているだけかもしれない。サービスを安く供給しようとするあまり、その片方で鬱病やカローシを量産していてはあまり意味がないと僕は思う。
それでも、安価 or 無償でのサービス提供が望ましいこともあるかもしれない。だったら、本当に突き詰めて真に重要なこと、誰もが同意できるほどアタリマエに公共性が認められる仕事については、「義務化」するのもありだと僕は思う。
具体的に言えば、介護が本当に公共の事業と認められるならば、年に何日かそれを賦役として行う。裁判員制度のように「くじ引き」(Demarchy)で決定するのもよいだろう。こうした義務は、権利の重さを確認するのにまたとない機会となるし、経験の幅が広がる[2] 。イヤだけど社会的に必要とされていることは、"社会"や"政府"にアウトソーシングしないことが、善い秩序を維持するのに役立つと僕は思う[3] 。
そんなこんなで、実際にやれば「神の手」+「義務化」でたいがい何とかなるんじゃないかなーと思っている。
もちろん、ベーシック・インカムの前にやるべきことは山積している。「免許」の在り方の見直し、「最低賃金」の撤廃、国民ID制度、社会保障制度の整理、自由な社会へのコンセンサス…その他もろもろ、前提とすべき法・制度・規範・慣習は数え上げればキリがない。
でも、負の所得税やベーシック・インカムが導入されれば、今よりも"自分の自由意思"と"自分の在り方"を一致させられる社会になるんじゃないかと思う。それがネトゲでも昼寝でも生産的活動でも、別に何でもいいんじゃないですかね。ひろゆき氏こそ、そうやって生きている人間だと思ってたので、BIに反対っぽいことには意外だった。
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僕はBIの方がいいなーと思うけど、別にBIじゃなくてもいいやーと思ってる派。他人を説得して制度を変えるって、いろいろ面倒そうなんだものw
- 実質的には「働かないと食べていけないぞ」と脅迫して (*)
- 裁判員制度も体験した人の多くは色々と得るものがあったようだ。 【裁判員アンケート】「よい経験」98%、高い充実感浮き彫り – MSN産経ニュース (*)
- BIはただでさえ"生きること"の生な部分を外部化する制度なので何かで釣り合いをとった方がよいと思っている (*)

