- 2010-03-09 (火) 8:12
- Review
シュヴェヌマン氏を招いた公開討論集+論文といった体裁の新書。シュヴェヌマン氏はフランス第5共和制を代表する政治家で、その気骨からか首相・大統領こそ経験することはなかったものの、思想と行動が常に一致したフランス政治に欠くべからざる「うるさいオヤジ」であるみたい。フランスと言う国は苦手(第二外国語で痛い目にあった!)なのだけど、"政治家がすなわち政治思想家"だったりする点は、日本なぞ到底足元にも及ばないと感じる。
テーマは、〈共和国〉はグローバル化を超えられるか。
僕自身、そんな問いを立てたことすらなかったけれど、読んでみると非常に大切な論点であると感じられた。というか、フランスと言う国が経験し、血肉とした "共和主義" は自分が考えていたよりはるかに深みを持っていて、それに追いつくにはどれほどかかるんだろうと思うと、ちょっと気がとおくなる思いだ。
僕の解釈では、共和主義とは、国家というシステムが自我を保つために市民が協働するシステムおよびその基礎となる思想だと思う。その点で、すべてを一色に塗りつぶす政治的・経済的なグローバリズムは敵なのだ。しかし一方で、共和主義は国としての一体性を要請するので、国内においては(原初的な)自由を制限して国民を一色に塗りつぶす傾向がある。
たとえば、日本だとあまり実感できない思想だけど、フランスには「ライシテ(政教分離原則)」という考えがある。共和国は特定の宗教で塗固められていてはならない、よって学校教育では「共和主義の学校」で学ばねばならないし、そこでは特定宗教を奉じてはならない。フランスでは、イスラム教徒のスカーフを禁止した例があるときく。では、逆にそれは個人の自由と権利を侵害しすぎてはいないだろうか。
これから日本だって、移民の問題と対決せずにはいられなくなるだろう。そういったときに、このような 国内の異種な文化の尊重 vs 国家の統合 vs グローバリズム という緊張のなかで、"国家の統合"のバランスをいかに取るのか。多様主義と普遍主義の間で、それを仲介またはクッションになりつつ、しかも自立する国家ってできるんだろうか。よくわかんないけど、これから嫌でも考えなくてはならなくなるのだろう。その点、フランスはお手本(というか先達、反面教師)になるハズ。日本は一度、外的な影響に対抗しようとするあまり全体主義に走ってしまった国であることを忘れてはならないし、内なる多様性に対しても満足した施策を用いた例のない国であることも自覚すべき。
もうひとつ興味を持ったのは、「2つのナショナリズム」の話。
ethnic なナショナリズムと、state への愛。
共和主義というのは、後者を尊重するものだけど、日本には前者はあっても後者はない。そもそも、「国」というものをみんなが支えていて、それがなければ簡単に崩れてしまうものだという歴史的経験に乏しい。ヨリトモ政府が崩壊しても、トクガワ幕府が終わっても、天皇の国は連綿と続いてきた。
つまり、自分で創り上げて、自分たちが維持してきた、民主主義的な政府の伝統を持たないし、それに愛を感じたこともない(腹を痛めたことがないから、生まれたものに愛を持てないみたいな)。日本に〈共和国〉があった試しはない。
僕は、BIやら負の所得税やら、そういう制度に賛成だけど、そういうのも制度に対する理解とある種の「愛」(それが引き起こす痛みを自覚して引き受け、守ってゆく)が必要だと思う。その点で、今の段階で行ってしまうことに不安があるのも確かなんだなぁ。
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