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菊と刀、および電車の中で突然女の子に抱きつかれた件について

菊と刀 (光文社古典新訳文庫)
ルース ベネディクト
光文社 ( 2008-10-09 )
ISBN: 9784334751692
おすすめ度:アマゾンおすすめ度


なんつーか、私はヘタレですね。

今日、会社の帰りしな、電車でヘッドフォンしながら本を読んでいた。すると、とある駅、「すみません、すみません」と息を切らして女の子が飛び乗ってきた。混雑する社内をそのままスルスルと奥の方へ移動し、ちょうど僕の後ろで立ち止まったようだ。このとき、僕はあまり彼女のことを気にかけてはいなかった。

少しして、電車が走り出したが、相変わらず後ろからゼェゼェと盛大に息切れが聞こえる。僕は、あいかわらず本に夢中。けれど、妙に周りの人がチラチラ見てくるし、コツコツと肩に硬い感触がする。気になって振り返ると、その子が僕の肩にもたれかかっていた。

どうしたのかなぁ、とヘッドフォンをとって振り返ると、今度は腕にすがってくる。しかも、白い肌を少し赤く染めて、プルプルと小刻みに震えている。僕は直感した。「これは、酔っ払ってる。しかも、絶対ゲロを吐く!」と。というのも、以前にこんな感じの女の子が、車内で汚物をまき散らした瞬間に出くわしたことがあるのだ。

僕は、女の子がゲロを吹いても直撃を受けないように、巧妙に体を移動させ、カバンを網棚の上に退避した。ついで、周りを見回して誰か席を譲ってもらえないか確認したけど、誰も僕と目をあわせてくれない。目の前の男なぞ、一生懸命DSしていやがる。本気でSATSUGAIしたい。その両隣は爆睡している。できれば、SATSUGAIしたい。しょうがないので抱きとめて介抱しようにも、変なところを触って痴漢扱いされたら嫌だ。

結局、数分間そのまま、モジモジしていた。
腕から伝わるおっぱいの感触、柔らかいです。

しかし、いつまでもそんなことしてられず。次の駅についたら、担いで降ろして駅員さんでも呼ばないとなぁ…[1] と覚悟を決めたとき、隣の隣に立っていたおじさんが、その前に座っていた若い女性を促して席を開けてくれた。女の子は席を譲られると、おじさんの声に何度かうんうん頷いたあと、そのまま熟睡してしまった。

その時初めて気がついたのだけど、単に酔っ払って泣いていたらしい。
そうと分かれば、ちゃんと介抱したのだが、ゲロを恐れて何もできなかった。
われながら情けない。
席を譲ってくれた女の子だって疲れてたろうに、とんだ貧乏くじだったが、こころの中で感謝した。

その時思ったのだけど、自分は「周り」を恐れすぎだな。

ゲロ吐き女認定した貧困な判断力はとりあえず置いておくとしても、声を上げず、ひたすら「空気」に頼ったのは良くなかった。目で頼めば、誰かが助けてくれると思ってしまった[2] 。そのとき、多分、彼女の評判(どう思われるか)) 、自分の評判、「場」を乱さないことを最優先して考えてしまっていた。何とかしてあげたいと結構思った反面、周りを煩わせるのは罪だと考えていた。

その時読んでいた『菊と刀』では、日本人のそういった二面性(素の自分と、場における自分)を鋭くえぐっていると思う。

正直、筆者の分析―幼少期、ある時期を超えて育て方が大変換することに、日本人の両極端な行動の原因を求める―には多少の疑念は抱いたけれど、こういう場にあって葛藤する自分に気付くと、なんとも言い知れぬ、敗北感を感じた。アメリカ人なら「Oh!ダイジョブデスカ!」とかいって、問答無用で助けたのかもしれない…とか思ってしまう。

でも、言い訳するわけじゃないけれど、「場」にフィットする自分、「空気を読む」自分というのも、場合によっては悪くないと思う。ヨーロッパの文化もそうだけど、そういう封建的な雰囲気には、重みと気品がある。アメリカにはそれはない。ただ、肝心なときにそれを理由に逃げてはいけない…のかなぁ…とか、今日は少し思った。

まだまだ、ぜんぜん、修行が足りませぬ。

  1. その時でもまだ、彼女がゲロを発射すると思い込んでいた (*)
  2. 現に、空気を読んだおじさんが助けてくれたが (*)

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