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W.ペティ の経済学

最近は、家や会社に本をよく忘れるので、いろんな本を中途半端に読み散らかしている。3日ぶりに読んだ本は、その章の初めから読んだりしているので全然進まなかったり。でも、まぁ、いいや。

本書はまだ読中で、やっとこさ、本命のカンティヨンの部分に入ったところ。でも、とりあえずW・ペティーの部分だけは読み終わったわけで、読み終えるまでに一度まとめておいてもいいかもしれない。


サー・ウィリアム・ペティ(Sir William Petty, 1623年5月27日 – 1687年12月16日)は、イギリスの医師、測量家、経済学者。労働価値説を初めて唱え、また、政治算術派の先駆となったことから、古典派経済学と統計学の始祖ともいわれる。ハンプシャー州生まれ。オックスフォード大学の解剖学教授やアイルランドの軍医総監などをつとめた。

ウィリアム・ペティ – Wikipedia

著書は、『租税貢納論』『政治算術』『アイルランドの政治的解剖』『貨幣小論』など。お医者さんだったのは知らなかったなぁ…。イメージとしては、何でもかんでも数字にー統計にーして、数理的に論じようとする緻密な感じ。今でいうところの、マクロ経済学っぽい趣きがある。

ペティーの「資本富」把握

まず、ペティーは富を貨幣のみではなく、商品一般とした。現代でこそ、現金ののほかに家屋や土地、道具、機械なんかも富(資本)としてとらえるのは一般的だけど、当時はそうではなかった[1] 。この点はマーカンティリズムとは一線を画しており、重農主義・古典派経済学の息吹を感じさせる。

その一方で、ブリオニズム的な見解として、富を耐久性によって評価したところも見逃せない。つまり、腐りやすく・保存のきかない食物よりも、金銀をもって「一般的な富」となしたところなど。

このように、ペティーの経済学には重商主義的な側面(流通重視)と、重農主義・古典派的側面(生産重視)の2つを内在させていた。これは当時の時代の流れを反映させたものでもある。ペティーがいち早く「生産」過程に目をつけることができたのは、彼が工匠(織元)の家に生まれたからかもしれない。「生産(≒労働)」が価値を生むという思想は、やがて「労働価値説」として結実する。

ペティーの利子論

あと、ちょっと面白いのは彼の利子論。彼は利子を正当化して、

「利子とは抑制と危険とからなっている」

(『未完論文集』)

という。

抑制とは、つまり貸出期間中にその貨幣を使わないという我慢の代償であり、土地に比するところの「地代」に他ならない。つまり、利子の一部分は「貨幣の賃料」のことだ。地代をとっていいのならば、利子もとっていいはずである。

危険とは、貸し倒れに終わるリスクだ。お金を貸しても、返してもらえるとは限らない。であれば、その分のプレミアムを徴収することは正当化される。

つまり、利子=貨幣の賃料+リスクプレミアムであり、貨幣の賃料は、その貨幣で買える土地の地代に一致するであろう。なぜなら、地代のほうが儲かるなら貨幣で土地を買うし、利子のほうが儲かるなら土地を売るから。なので、利子=貨幣の賃料(自然利子)+リスクプレミアム
=(貨幣で買える分だけの土地の)地代+リスクプレミアム
でもある。利子を正当化するために、封建社会で通りのいい「地代」を持ち出した点と、「自然利子」≒「地代」というROIの一致みたいな概念がもうあったんだという点に興味が引かれたかな。

Superlucration (余剰利得、貯蓄)

最後に。

ペティーは、資本の自己増大というアイデアまでは到達できなかった。その原因に、富の増大を Superlcration でしかとらえられなかったことが、筆者によって挙げられている。

Superlcration とは、「費消する以上に稼得すること≒貯蓄」を意味する。生産や交易の拡大による社会厚生の増大ではなく、その目に見える結果としての"貯蓄"を富とした点では、ペティーは重商主義的な立場にとらわれてしまっている。ちなみに、現在では Superlcration という語は死語であるそうな。

いろいろ間違ってたらまた直します。

  1. 当時は何かを作って売る産業資本ではなく、商品の流通を媒介するだけの商人資本が主だったからでもある (*)

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