- 2010-04-03 (土) 21:08
- 独り言
もし、たったひとりの人が、たったひとつの土地資源を独占していたら、彼は自分の需要に応じて土地の利用配分を自由に決めるだろう。しかし、2人ならどうだろう。また、3人なら、もっと多くなら?
R.カンティロンはそのことを考えたもっとも初期の経済学者[1] 。
彼によると、富は土地を母とし、労働を父として生まれる。労働は土地からの収穫で図れるので、もっぱら富は土地によって生産されるとみなして良い[2]。
田舎の借地農はこれらを得るが、その一部(彼によると1/3)を地代として国王・貴族などの地主階級に納め、そのほかは自分たちのため(次の年の準備、自分自身を維持するため、贅沢するためなど)に消費する。地主や借地農の消費は、富が内在する"価値"を、主にぜいたく品を供給する都会の商工業者にも波及させていく。
ここで注意するのは、借地農も商工業者も、自分たちの力で価値を得、自分たちのために消費する。何もせずに唯一、純粋にレントを得るのは地主階級だけだ。地主階級は、消費のスタイルを作り出す。どれだけを必需品に、どれだけをぜいたく品に使うかを決める。
それは、借地農にも商工業者にも"あこがれ"として影響する。さらに、"市場価格"(カンティロンは価格が需要と供給で決まることに気づいていた)と"内在価値"の差となってもあらわれる。だれしも生きるために必要な(内在)価値を得られないと、生きてはいけない。自分たちが必要とする価値に市場価値が見合わなければ、当然、他の職業にうつったり、違うものを産出したり、または生物学的に調整される。要は、死んだり増えたりする。
このようにして、地主階級の消費スタイル・需要が、社会全体の土地(資源)の利用配分を変化させるだろう。あたかも、ロビンソン・クルーソーが自分の1日の使い方を自分で決めるように。
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現代から見れば少し珍妙なモデルだけれども、当時はまだ半分封建社会だったことを考えれば納得できる。"地主"という特権階級を引き摺り下ろして、代わりにそこへ"神"をおいたのがA.スミスとは言えないかな。代わりに政府を持ってくれば、社会主義・ケインズ主義になる。
カンティロンが誤っていたのは、まず地代を過大評価していたこと。でも、それはやむをえない。たしかに当時では、封建地代は大きな要素だった。需要・生産・消費の循環というアイデアは、ケネーの『経済表』や、A.スミスの社会的分業のモデルにもつながっていった。
ついで、土地価値説にしろ労働価値説にしろ、内在的な価値と価格の関係という罠にハマったこと。
あと、古い経済学では、"価値"と"価格"は未分だった。モノの中にある"価値"が、どのように"価格"として表現されるかは結構重要な議論だった。近代的な経済学は、その関係を絶って"価格"に焦点を当てた。価値なんて人それぞれだけど、たくさんの人が合わされば、価値は"数"、つまり需要数量として"量化"できる。別に無理に"価値"と"価格"の関係に拘泥する必要はないのだ。しかしながら、おかげで取りこぼしたものも多かったんだけど。


