- 2010-04-23 (金) 0:52
- Review
まだ読んでいる最中なのだけど。
本書は18世紀フランスの経済学を、おもに「奢侈論争」の視点からまとめている。「奢侈論争」ってのは平たくいうと、"贅沢っていいことなの?"という論議だ。「なんだそんなことを」と思う人もいるかも知れないけれど、これは実は根の深い話題だ。
- 奢侈の基礎である"富"とは何か? → 貨幣理論、価値の理論(労働価値説)
- "富"は"徳"(規範、道徳)を破壊するか? → 共和主義(本書の守備外)
- 消費すべきか、貯蓄すべきか? → 経済循環、投資、有効需要の概念
そもそも、なぜ「奢侈論争」などというのが巻き起こったのか。
ココからは、個人的に思ったこと。18世紀までの「商業」は"組織と組織の間(大きな社会)"を繋ぐ活動だった。一方、"組織そのもの(小さな社会)"の「統治」を受け持つのは封建主義と宗教だった。中世の商人は体制に守られない異邦人で、ジプシーだったりユダヤ人だったりした(と思う)。しかし、「商業」が肥大化するに連れ、「統治」を突き崩してしまう場面が増えてくる[1] 。そうなると、自由を求める商業サイドと、秩序を重んじる統治サイドとの軋轢が起こる。欲求の承認か、秩序の維持か。
「奢侈論争」のひとつの成果は、"ひとびとは相互に依存している"という需要と供給の循環的な関係「経済」の発見だった。そして、それは案外精密な仕組みで、「自由」にしていてもうまく運用される、むしろ自由にした方が「自然[2] 」にかなっているという発見だった。経済の秩序は物理法則のようなもので、封建権力が何かして変えられるものではない。
また、もうひとつの成果としては、議論の派生として得られた貨幣理論・価値理論の進展、消費と投資・有効需要・効用価値説の概念の萌芽なども挙げられそうだ。こうしたことは僕らにも無関係ではなくて、たとえば"累進課税"と平等への取り組みなどもこの延長線上にある。
あんまり本書自体の感想にはなっていないけれど、この本にはいろんな発見があって面白かった。Twitter での独り言でも見返しながら、おいおい勉強していこうかなって思う。
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で、贅沢っていいことなの?
18世紀の段階では「基本的にいいこと」だが、その基準・限度については決着がつかなかったかもしれない。お金の使い方には投資と消費の2種類があって、投資の水準が拡大再生産・縮小再生産を決める、だから投資(≒貯蓄)を損なわない限りの奢侈(≒消費)は問題がない、と明確に言ったのは、A.スミスってことになる(のかな?)。ただ、それに近いことをいっていた人は、18世紀フランスにも多かった。
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