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[メモ] 「体制」について。

誤解を恐れずにバッサリ切り捨ててしまうならば、ウヨクは体制派で、サヨクは反体制派になるのだろう。けれど、どちらも「体制 ≒ 既存の権威・権力・規範・習慣・倫理」を軸に思考しているという意味で、同じ穴の狢だと思う。

ウヨクは「体制」の意義を過大評価しており、神聖視する傾向にある。
サヨクは「体制」の意義を過小評価しており、負の部分を強調し、変革を訴える。

しかし、この「体制」の存在をなかば無視する考えが、最近急速に支持を集めつつある。リバタリアニズムだ。

急進的なリバタリアニズムは、「個人」以外の社会単位を認めない。すべてを「個人」に還元し、「個人」の自由をいっそう増大させようとする。そこには「体制」への過大評価も過小評価もない。そもそも、彼らにとって「体制」は評価に値しない。

この「個人」主義は、ウヨクの愛する「体制」を骨抜きにし、サヨクからは"「体制」との闘争""進歩的"という看板を奪い去ってしまった。

個人的にはリバタリアニズムというものに共感を覚える。しかし、それにしても「体制」への評価が足りなさすぎるとも感じる[1] 。「自由 ≒ 個人の可能性」の多くは、「体制」という土台のもとに築かれているのに。

リバタリアニズムは、「個人の自由」と「善き体制への忠誠・愛」の両立を試みた"古典的共和主義"をいま一度振り返るべきだと思う。

  1. リバタリアニリズムの弱点は、分析の基準をもっぱら「個人」におく近代経済学の弱点とも完全に一致する (*)
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