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『全体主義』

全体主義 (平凡社新書 522)
エンツォ・トラヴェルソ
平凡社 ( 2010-05-15 )
ISBN: 9784582855227

読む本がなかったのでテキトーに買った。

僕はまだまだ「思想」というのがよくわからない(言葉が分からない、使う人によって意味が違いすぎる!)し、どんな考え方にもそれぞれ一理はあるとおもうんだけど、唯一実現したらイヤな政治思想がコレ。全体主義。

「どの体制よりも普遍的であり、人類の未来にのしかかる大衆の<文明>の脅威である」ヤスパース

とはいえ、全体主義が一体どんな考えなのか、っていうのはイメージでしかつかめていなかったと思う。実際、本書を読めばもっともな話で、論者やその目的意識、時代背景などにより、言葉の使われ方が様々で、全体主義をひとつの明確な定義として表すのは無理であるらしい。

image 世界大戦期の場合は、全体主義 ≒ ファシズム、ナチズム だった。つまり、国家社会主義をさしていた。国家社会主義というのは、これまた色んな意味があるみたいだけど、「国家をひとつの単位としてみなす」程度の認識でいい気がする。

「国家社会主義」は、民族主義・国粋主義のような愛国感情から生まれるけど、それは権威・権力を得るキッカケに過ぎない。権威を獲得すると、あとは社会統制と秘密警察、強制収容などの手段で、当初支持した人民自身を縛り上げる。内向きには資本主義を嫌悪するが、対外的にはそういうわけでもなく、むしろ国をひとつの強靭な個人にまとめ上げることで"資本主義的な競争力"を高めようとする。国家社会主義においては、個人は最強かつ限りなく自由だ。ただし、国家の意思と個人の意思が合致している人においてのみ。

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戦間期、自由主義陣営にとって「共産主義」は"全体主義"と戦う同志であったため、あまり問題にされなかったが、共産主義も"全体主義"的傾向を持つのは明らかだ。全体主義はユダヤ人という”人種”を強制収容所にいれたが、共産主義はブルジョワという”階級”をシベリアに送った。そこで戦後は、"全体主義"という言葉に共産主義も組み込まれるようになる。

image 時代を追って、共産主義体制が勢いを失うと、自由か保護か、という資本主義内部の考えの違いが注目される。程度で言えば、社会主義はより"全体主義"に近い。事実、ポパーやハイエクはこの文脈で"全体主義"を批判した。

ポパーによると"全体主義"は、歴史主義(歴史には目的があるという考え)と理想主義(人間はこうあるべきだという考え)の混合体で、よーするにヘーゲルやマルクス的な考え方は、いかに善意に基づいていようと、結果としては全体主義になる。

以上は、必ずしも本書に基づく解釈ではないけど、たったこれだけ見ても論者の立ち位置によって意味が違う言葉なんだと分かるような気がするんじゃない?正直、出てくるヒトの7割は知らない人だったので、あんまり筆者の説く意味を掴みきれてはいないと白状しておく。

まぁ、ともかく、筆者によると、"全体主義"という言葉は"器"にすぎず、そのときどきで内容が変わるものなのだ。

もうひとつ本書の大事は指摘は、"全体主義"という言葉が、資本主義・自由主義の悪い部分を隠蔽する言葉として利用されることがあるというもの。"全体主義"≒悪 のイメージを利用して、敵を"全体主義"と定義することで、自分を善として描くというわけ。これはちょっと考えないとイケナイ問題だと思う。多様性の大切さを訴える一方でグローバル化による画一化(全体主義!)を推し進めている部分はあるし、大戦戦後のアメリカが「帝国主義」的部分をもつのも確か。その片棒を日本も担いできたわけで。

最後に、筆者は"全体主義"という言葉がすでにアクチュアルではないという。けど、それはどうなのかなと言った感じ。実際に日本の隣には"全体主義"的な国家が1つと半分存在している。基本的に本書では、東洋が Out of 眼中 なので致し方ないとは思うけれど。他人様の話だけでなく、日本自身にも集団的・権威に弱い・判断基準が自分の外にあるといった"全体主義"につながりやすい傾向をもち、先の大戦では実際に"全体主義"国家になってしまった。そういう意味で、"全体主義"は日本ではまだアクチュアルな課題なんじゃないかなーって思うんだけど。

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