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Review Archive
戦後世界経済史―自由と平等の視点から
- 2010-03-11 (木)
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なんとなく買った本だけど、これもアタリ。
20世紀の経済史をザラッと見直そうぜ!という本なんだけど、単にそれにとどまらず、ちゃんと問題意識をもって、最近の研究を援用しながら解説されているのがとてもいいと思った。一応通読したけど、復習がてら前書きに挙がっている著者の"5つの論点"を振り返ってみる。
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〈共和国〉はグローバル化を超えられるか
- 2010-03-09 (火)
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シュヴェヌマン氏を招いた公開討論集+論文といった体裁の新書。シュヴェヌマン氏はフランス第5共和制を代表する政治家で、その気骨からか首相・大統領こそ経験することはなかったものの、思想と行動が常に一致したフランス政治に欠くべからざる「うるさいオヤジ」であるみたい。フランスと言う国は苦手(第二外国語で痛い目にあった!)なのだけど、"政治家がすなわち政治思想家"だったりする点は、日本なぞ到底足元にも及ばないと感じる。
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ナビゲート!日本経済
- 2010-03-04 (木)
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たまたま読む本がなかったので買った。その割にはいい本だったのではないかな。要所要所でデータが提示されるので説得力はあるし、理論的にもいい意味で穏健だと思う。
ただ、景気変動を「トレンドとサイクル」に分けて分析しろという主張(あまり突飛な主張でもない)を聞くといつも思うのだけど、それは過去に対しては可能でも、未来に対してはあまりにも難しいと思う。仮に今景気が上向いているとして、それはトレンド?サイクル?
ある程度は在庫投資の変動などを勘案して推定できるのかもしれないけれど、常に実体経済の構造は変わっているわけで、どこまでの精度で見分けられるのか。外需(種火)と内需(着火)に代表される景気サイクルのプロセスを認識するのはそれでいいとして、内需ってどうやって拡大するんだろう。結局、卵か鶏かではないのかなぁ…(筆者はどちらかというと「先に鶏の肉を少し食べさせてもらおうぜ」派なのかな)
学生の頃、クズネッツの理論とか習った覚えがあるけど、景気変動論にはいつも疑問だった。あとから見れば波に見えても、その波の要因になにか共通性はあるのだろうか。20年たてば世の中なんて様変わりして、ポケベルがケータイに、ケータイがiPhoneになるのに。これはいつかちゃんと勉強しようと思う。
あと、最後の方でいきなり"専門職の軽視と「文化大革命」"みたいな節があるなど、唐突に筆者のキモチが表に出る部分があって面食らったりもした。経済理論とそのキモチの間の論理を知りたいのだけど、そこは少し薄いかもしれない。加えていうなら、参考文献に出てくるのが著者の論文ばかりというのも気になった。
…と、少し疑いモードで読んだのだけど、色々気付かされる部分も多かったし、「ナビゲート」の役割は十全に果たした本だと思う。
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『分解』
- 2010-02-26 (金)
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酒見賢一の短編集。表題の『分解』は、45口径のガバメント(ハンドガン)を分解するさまなどを説明しただけのモノ。ただそれだけなのに、妙に"純文学"(?)へ仕上がっているのはとても面白いなーと思った。
個人的に気に入ったのは、『エピクテトス』『童貞』の二編。
『エピクテトス』は、帝政ローマ期のストア派哲学者エピクテトスの生きざまを描いた作品。彼は奴隷としてローマへ売られ悲惨な生活を送る。しかし、彼の「ストア派的態度(非人情: アパティア)」が、逆に彼を痛めつける人間を精神的に追い詰めていく(彼自身の意図には反して!)。最後、彼は猜疑心に取りつかれた暴君ドミティアヌス[1] に呼び出され、刑殺されそうになる。
「ドミティアヌス帝は理非直曲など構わずにお前を罪に落し、殺すだろう。エピクテトス、逃げるかね?」
「行きましょう」
「死ぬぜ?」
「私の力の及ばないものは、私にとっては何事でもないのです。ドミティアヌス帝は善でも悪でもない。重要なのは私の魂です」
「それがお前の結論か」
「少なくとも私はそう騙されていたい」
『童貞』は、…ネタバレすると面白くないからあまり言わない。人間の歴史がまた神話の世界へ片足つっこんでいる時代に、一人の男が、そして男という性が「父性」を獲得するお話。
『ピュタゴラスの旅』も面白かったよ。
- 彼が本当に暴君であったかはよく吟味する必要がある (*)
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なぜねこ耳少女なのか。
- 2010-02-24 (水)
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昨日か一昨日、夜中にコンビニまでビールを買いに行った。焼き鳥2本と、ビール6本購入。それに加えて、なぜかこの本が袋に入っていた。
酒を呑みながらパラパラと読んでたけど、…どうなんだろ。わかったような、わからなかったような気がする。一番よかったのは、ニュートン力学・特殊相対性理論・一般相対性理論の守備範囲をベン図で書いたもの。なんか、あ、そーなんだ、とおもた。それ以外のことは、文字でまとめれば5ページか10ページぐらいで終わりそう。なんか中学の頃、イキって読んだニュートンの特集なんかよりもカンタンだった。まぁ、「食べごたえ」を期待する人は買わない方がいいと思う。
なんか量子論を扱ったものの続編みたいだが、わしはもう買わないと思う。でも、ねこ耳かわいいです、ハイ。また酔っぱらったときは買うかもしれない(==b
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"11次元のひも"って想像できる? わしにはわかんねぇなぁー まぁ、世の中には小数次元(フラクタルの話を読めば必ず触れるはず)もあるから、何でもアリなんでしょうね。
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『神の守り人』
- 2010-02-17 (水)
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上巻を少し読んで、そのまま何処かへ紛失。この前部屋を掃除したら発掘されたので、大阪への行きかえりで読んだ。
やっぱりいまのところ、守り人シリーズでは『闇の守り人』が一番好きだな。ジグロが好きなせいかもしれない。
これも面白いは面白いけど、『精霊の守り人』の焼き直しっぽい気もした。とはいえ、こっちのほうが様々な勢力の思惑が絡みつつ、ある人物の野望をきっかけに事件がどっと創発する感じが、『精霊の守り人』よりも深いんですけれど。でもですよ。だいたい、こんなにココロのできた12歳がいるものか。いや、まぁ、すんごく応援しちゃうし、感情移入はしてしまうんですけどネ。くそっ、ちっ!
まぁ、なんだかんだ言って、このシリーズは質が高いですよ。『十二国記』を超えるかもしれないけれど、んー、もう少し。ところで、あれの続編はどうなってるんだよ!
—
実は一番「むーっ!」と思わされたのは、文庫版あとがきだったのは秘密。僕は果たして「プロフェッショナル」なんだろうか、と。最近の自分の仕事を振り返ると、なんとなく後ろめたい気分を感じる。いつだって一定の、アテにできるパフォーマンスを発揮できなければ、それはプロじゃないよね。しかも、相手にとって。
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『資本主義と自由』
- 2010-02-17 (水)
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しょっぱなから痛快!
さて、本書で主張する政治・経済観を一括りにする呼称を決めておくと、何かと便利ではないかと思う。適切なのは「自由主義(liberalism)」である。ところが極めて遺憾なことに、この言葉はアメリカでは、19世紀の大陸欧州における意味とはかなり違ってしまっている。これはシュンペーターが言うように『自由競争経済の反対論者は、心ならずもこの経済体制に最高の賛辞を捧げる行為をした。すなわち、自由という冠を自分たちにこそふさわしいと考えて横取りした』からである。
思想の勉強をし始めてからずっと不思議に思っていたのはこの点。いつの間にリベラルは自由(リベラル)じゃなくなったのだろう。自由を掲げつつ、国家に依存しよう依存しようとするのだろうか。平等主義とでも改名すれば、格好いいしすっきりするのに。
自由という言葉がこのように変質した結果、かつては自由主義とされていた考え方が、今では保守主義と呼ばれている。このすり替えは許しがたい。
まだ「(新)保守主義」といわれるだけいいじゃないか。つまりは、それだけのボリュームが存在するということだ。日本においては保守主義とはつまり伝統主義にすぎず、一方で自由主義者は絶滅危惧種だ。そして、仮にいたとしてもそれぞれが「自己責任論者」と呼ばれるのが関の山なのだから。
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宮城谷さんの、三国志。
- 2010-02-04 (木)
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三国志の本は腐るほど出てる。でも、数ある三国志のなかでも、宮城谷さんの三国志はいちばんおもしろいと思う。一番いいのは原資料のリズムを一番ダイナミックに伝えているところ。
「賊臣が乱を起こし、朝廷は播蕩している。四海は俄然となり、固志のある者はいない。わが身は宗室の遺老であり、みずから民衆と同化することはできない。そこで天子に使者を送り、臣下としての忠節を奉りたいが、どうすれば使命を辱めない士を得られようか」
こういうリズミカルな漢文的なリズムで読むだけで、なんかノッてしまうんですよね。中島敦とかが好きだけど、それより少し軽い感じでどろどろっと読める(『李陵』の出だしを音読してみよう。とってもリズムがいいから!)。宮城谷さんの魅力は、漢字に対するセンスの良さだと思う。少々ウザい時もあるけど、物語で時々立ち止まって本来の意味に立ち返り、言葉に対する意味を改めて噛みしめられる感じは嫌いではないですよ。
中学生のころ吉川三国志から、演義、正史にも入ったたぐいだけど、そこで築き上げ垂れた三国志の群雄像が突き崩されるような、そんな新鮮な人物の切り方が楽しい。たとえば、呂布。通り一遍の理解では、猛将だけど裏切り癖があるみたいな感じだが、宮城谷三国志では純粋で宗室に対する忠誠に厚い、というより「認められたい」という点については一途な人物として描かれている。なんとなく、それはそれで説得力がある(ハチャメチャな割に、流浪期に寝首がかかれなかった点とか)ので、同情、ひいては物語に引き込まれてしまう。
要は、オススメ。完結するまで楽しめそうだ!
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語るな、使え。
「JumpJumpList」は、Windows 7の新機能“ジャンプリスト”を本当にジャンプさせるタスクトレイ常駐ソフト。Windows 7および同64bit版に対応するフリーソフトで、作者のWebサイトからダウンロードできる。
各紙の評価 ―
「ジャンプリストの本質を問う問題作」(WP紙)
「文句なく今年最高の傑作(まだ1月だけど)」(NT紙)
「全米が違う意味で泣いた」(NW誌)
Windows 7使いなら、黙って、これ入れろ。
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ルソー 『社会契約論/ジュネーヴ草稿』
- 2010-01-21 (木)
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思ってたより時間かかったかな? 10日ぐらいか…電車での行きかえりしか読まないのに、iPhoneをいじってる時間が多くなったからなぁ。でも、全部読んだ。
本の内容は、共和主義を考えるにあたってとても有意義だった。マキァヴェリアン・モーメント を読む前に触れていれば、とても役に立ったろうにと思うけれど、それはそれ、これはこれ。重要なタームもいっぱい出てきたので、そろそろ Wiki にでもまとめたいかなと思う。
なかでも重要なタームを上げるとするならば、「一般意思」だろうか。社会契約論では「個別意志」「全体意思」「全体意思」という3つの語が出てくる。「個別意志」は分かりやすい。個人個人の意思だ。全体意思は"私的な個別意志"の総和と考えればよい。個人意志の総和は、全体意思の総和を上回る。その差分が「一般意思」であるとルソーは言っているが、これは少しわかりにくい。最大公約数的なものととらえがちだけれどもそれともまた違う。
人民が「十分な情報」を持って「議論を尽くし」、互いに前もって「根回ししていなければ」、わずかな意見の「違い」が多く集まって、そこに一般意思が生まれるのであり、その決議はつねに善いものだろう。(「」は筆者)
自立した個人が、判断の軸を他人にゆだねず自分の側に常にとどめておき、さまざまな意見の相違により自分の意思を彫琢したうえで、それを持ち寄る。そうやって得られる共通項としての(集合的な)意志は、きっと善いものに違いない。
一般意思を単なる意志集合の最大公約数ととらえると、手段を択ばない根回しや、大衆を無知と決め込んだ少数による一般意志の代行(これを密室政治とか呼ぶ)といったことが起こりうる。しかし、ルソーのそれは、決してそのようなものではなく、ポパーでいえばテストに開かれて反証可能性をより多く持ったより正しい意志のようなものだ。単なる結果として"一般"なのではなく、意見の差異によって磨かれるというプロセスを経たうえでの結果、自然とそうなるものとして"一般"(普遍)というのだろう。
それは多分、現実としては期待しにくいと思う。完全情報、個として自立すること、理性を持って議論を尽くして差異を理解し受け入れること、そのどれも難しい。
ただ、個人個人はそのように"ある"ための「自由」は持っているのであり、そうして初めて主権者として市民(シトワヤン)と名乗ることを許されるのではないだろうか。
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