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2010-02-17
『神の守り人』
- 2010-02-17 (水)
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上巻を少し読んで、そのまま何処かへ紛失。この前部屋を掃除したら発掘されたので、大阪への行きかえりで読んだ。
やっぱりいまのところ、守り人シリーズでは『闇の守り人』が一番好きだな。ジグロが好きなせいかもしれない。
これも面白いは面白いけど、『精霊の守り人』の焼き直しっぽい気もした。とはいえ、こっちのほうが様々な勢力の思惑が絡みつつ、ある人物の野望をきっかけに事件がどっと創発する感じが、『精霊の守り人』よりも深いんですけれど。でもですよ。だいたい、こんなにココロのできた12歳がいるものか。いや、まぁ、すんごく応援しちゃうし、感情移入はしてしまうんですけどネ。くそっ、ちっ!
まぁ、なんだかんだ言って、このシリーズは質が高いですよ。『十二国記』を超えるかもしれないけれど、んー、もう少し。ところで、あれの続編はどうなってるんだよ!
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実は一番「むーっ!」と思わされたのは、文庫版あとがきだったのは秘密。僕は果たして「プロフェッショナル」なんだろうか、と。最近の自分の仕事を振り返ると、なんとなく後ろめたい気分を感じる。いつだって一定の、アテにできるパフォーマンスを発揮できなければ、それはプロじゃないよね。しかも、相手にとって。
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『資本主義と自由』
- 2010-02-17 (水)
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しょっぱなから痛快!
さて、本書で主張する政治・経済観を一括りにする呼称を決めておくと、何かと便利ではないかと思う。適切なのは「自由主義(liberalism)」である。ところが極めて遺憾なことに、この言葉はアメリカでは、19世紀の大陸欧州における意味とはかなり違ってしまっている。これはシュンペーターが言うように『自由競争経済の反対論者は、心ならずもこの経済体制に最高の賛辞を捧げる行為をした。すなわち、自由という冠を自分たちにこそふさわしいと考えて横取りした』からである。
思想の勉強をし始めてからずっと不思議に思っていたのはこの点。いつの間にリベラルは自由(リベラル)じゃなくなったのだろう。自由を掲げつつ、国家に依存しよう依存しようとするのだろうか。平等主義とでも改名すれば、格好いいしすっきりするのに。
自由という言葉がこのように変質した結果、かつては自由主義とされていた考え方が、今では保守主義と呼ばれている。このすり替えは許しがたい。
まだ「(新)保守主義」といわれるだけいいじゃないか。つまりは、それだけのボリュームが存在するということだ。日本においては保守主義とはつまり伝統主義にすぎず、一方で自由主義者は絶滅危惧種だ。そして、仮にいたとしてもそれぞれが「自己責任論者」と呼ばれるのが関の山なのだから。
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