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2010-03-06

「公共なるもの」

civ4btsj0140

ボブ ログ Civ4の手帳

実は、共和主義を勉強しつつも 、"res publica(公共なるもの)"の概念が「肉」として付いたかといえば、正直心もとない。けれど、人間が社会的に生きる上で「公共なるもの」「共通項」を多く持っている方が豊かであるらしい、というのは分かりかけているような気がする。

バラバラなものを共通化するというのは、より多くのモノを繋げていくのに必要なことだ。始皇帝は万人に[1] 等しく適用される"法"で中国を初めて統一した。次いで行ったのは、度量衡の統一、文字の統一、道幅の統一だった。彼の作った中国は以後の「中国」という概念のコアとなった。

物質・制度面だけではない。常識、儀礼、倫理、価値観、習慣などを等しくすることは、すなわち信用であり、人々をつなげる基盤になっている。「共通である」と感じられること、それ自体が人が繋がるハードルを大いに下げてくれる。最近では、ヤフオクや海外のWebサイトで買い物するときぐらいしか実感しなくなったが。

そういう「共通なるもの」を積み重ねていくことで、より多くの人、財やサービス、すなわち「可能性」と定常的に[2] 接続出来ている状態が、文明なのだなと思う。

社会的な人間は、ロビンソン・クルーソーよりも(原初的な)自由が制限されている。
けれど、人と繋がることによって「可能性」を増していて、その意味ではロビンソン・クルーソーなんかよりよっぽど自由だ。その基盤となっているものが"res publica"であり、それは共通なもの・公共なものの積み重ねで、アタリマエに利用されているけれど実はアタリマエのモノでは決してない、能動的な努力によって維持されている…らしい。

  1. ただし、彼自身を除く (*)
  2. 毎月お給料をもらってコンビニや自動販売機ばかり使う身分だと忘れやすいけれど、得たものに対して代金を支払うことは、経営の実際においてアタリマエのことでは"決してない" (*)

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